2017年10月25日水曜日

『敏感すぎる自分を好きになれる本』長沼 睦雄

 青春出版社。
 5人に1人が持つといわれるHSP(Highly Sensitive Person)気質、つまりとても敏感な人のことを書いた本である。敏感すぎて些細なことを気にしすぎて生きづらくなっているのは、弱さのせいじゃないということを丁寧に説明してくれている。HSPの特徴や、この人たちが生きづらく感じているのはどうしてかだとか、どうすれば敏感すぎる自分に振り回されずに生きられるか、その対処法、また、身近な人が「とても敏感な人」だったらどう接したらいいかなどについて詳しく解説している。
 こういう人が世の中に一定数いるということを知るためにはいい本なのかもしれない。でも第6感とか超能力とか電磁波や食品添加物に敏感だとか、あまり科学的ではないことも書かれていて、そこのところが馴染めなかった。非科学的だからといってその現象が存在しないことの証明にはならないのだけれど。まだ科学ではわかっていないということにすぎないわけだから。ただ、これに加えて論理的に矛盾しているように感じるところがかなりあって、そっちの方が納得感を得られなかった理由としては強いかもしれない。
 HSPについての本はつい先日も読んでいて、『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』(イルセ・サン、私の記事)という本なんだけど、こっちの方が私の性には合った。

2017年10月22日日曜日

『(ディカフェ)ペルー チョンタリエリア』徳光珈琲

 シティロースト。ペルーのチョンタリという地域のコーヒー。農園名は不明(チョンタリエリア農園?)。ディカフェ。
 ウィキペディアによるとカフェインレス・コーヒーの作り方には、有機溶媒抽出、水抽出、超臨界二酸化炭素抽出などがあるらしいが、この徳光珈琲のディカフェは超臨界二酸化炭素抽出によるものである。やわらかい舌触りの中性的なコーヒーで、少しリンゴっぽい雰囲気がある。カフェインが入っていないんだろうなという感じはあるものの、十分おいしいコーヒーだ。猿田彦珈琲のスイス式水抽出のディカフェもおいしかったけど、ここのもおいしい。猿田彦珈琲は東京に行かなければならないのに対し、徳光珈琲は札幌で買えるのがいい。

徳光珈琲

2017年10月21日土曜日

『All the Light Above It Too』Jack Johnson

 2017年。ジャック・ジョンソン。
 一聴するといつものハワイのスタジオで録られた、いつもの爽やかなサーフ・ミュージック。明るいギターやウクレレの音が心地よく絡まり合い、その上をまるで波に乗っているかのように彼の歌声が踊っている。ジャック・ジョンソンらしい音づくり。
 でもジャケットの中で彼が、砂浜の上に描かれたポップな背景の中にギターを持って寝っ転がっているのをよく見ると、まわりは海に流れ着いたゴミだらけじゃないか。ポップな背景は実はゴミからできていた。そう。このアルバムの中の曲は、はっきりとそれと主張しているわけではないけれど、いろいろな問題提起を含んだメッセージ・ソングだったりする。私は邦楽洋楽を問わずあまり歌詞をよく聴かない方だけれど、さらっとでも内容を理解しておいた方がいいのかも、と思った。『Sunsets For Somebody Else』『My Mind Is For Sale』『Is One Moon Enough?』『Fragments』とかがわりとお気に入り。

2017年10月19日木曜日

『鈍感な世界に生きる敏感な人たち』イルセ・サン

 ディスカヴァー・トゥエンティワン。枇谷玲子 訳。
 HSP(Highly Sensitive Person)と呼ばれる人たちがいる。「とても敏感な人」という意味だ。民族を問わず、人口の15~20%(つまり5人に1人くらい)いるといわれている。この概念を提唱したのは、アメリカの精神分析医で学者のエレイン・アーロンという人で、1996年のことだ。これは「性格」なのではなく、生まれ持った「性質」なのだという。人を男女に分けるように、ただ、「とても敏感な人」と「タフな人」に分けただけのことらしい(「タフな人」は5人に4人ということだ)。HSPは、音や匂いに敏感だったり、良心的、創造的、影響を受けやすい、感情移入しやすいといった性質を持つのだという。色々なことによく気がつき、多くの情報を内部に取り入れてしまうために、辛いことだけではなく楽しいことにもすぐに疲れてしまうのだともいう。一般には神経症的、抑圧的、心配性、恥ずかしがり屋などと表現されてきた人たちで、豊かな精神世界を持つものの、不当に低い評価を受けてきたと著者は述べている。
 この本は、そんなHSPの人たちに向けて書かれたものだ。HSPの気質の説明や、その人の抱えやすい問題を解説した上で、鈍感な人たちとうまく付き合うにはどうしたらいいか、敏感な自分とどう付き合っていけばいいかなどについて、丁寧に提案している。本書の冒頭にはHSPチェックリストなるものもあって、結果を鵜呑みにしてはいけないらしいが、自分がどの程度そのような気質を持っているかを知ることができる。
 私はこれまで数多くの心理テストやカウンセリング、占いなどを受けてきたが、この本に書かれている性質以上に自分のことを的確に言い当てたものはなかった。その意味でとても驚いた。と同時に、HSPではない人に、このことをきちんと理解してもらうことの難しさをも感じた。そういう「性格」は治した方がいいよ、HSPなんて、前向きに元気に生きられないことに対するタダの言い訳じゃないか。そんな風に言われて終わりそうだ。だからこそ、この本に書かれているような「対策」が必要なのだと思う。まわりの人と、あるいは自分とどう付き合っていけばいいのか。この「対策」はHSPにとってはなかなかハードルの高いものだとも感じたが、少しずつ積み木を重ねていくようにコツコツと実践していけば、明るい未来が開けてくることだろう。とてもいい本に出会えたと思う。

2017年10月15日日曜日

『やまがみさまのどうくつ』

 第12回KFS絵本グランプリ絵本イラスト部門で入選しました。神社の近くの山神様の洞窟に、おてんばなお嬢さんが入っていって祠を掃除しているところです。画材は久しぶりにガッシュ(不透明水彩)を使ってみました。ちょっとコミック寄りかも。最近私の画風はぶれにぶれまくりです。

2017年10月14日土曜日

『枕草子のたくらみ』山本 淳子

 朝日新聞出版。副題『「春はあけぼの」に秘められた思い』。
 『枕草子』の作者、清少納言は、一条天皇の中宮である定子に仕えた。そしてその頃の貴族らの機知に富んだ雅で華やかな世界を『枕草子』の中に描き出した。では何のために?
 清少納言というと、「春って曙よ!」 で始まる橋本治による『桃尻語訳枕草子』のイメージのせいか、どうしても、頭はいいけどミーハーで、ちょっといっちゃってる現代娘という印象が強い。そして『枕草子』に書かれているそのままに優雅な時代を生きたのだと。ところが実際には、定子はこの平安の世の中で必ずしも幸せとはいえず、権謀術数の渦巻く政治の世界に翻弄され、数奇な人生を送ったのだという。一条天皇に愛され、その間に男子をもうけながらも、失意のうちに24歳という若さでなくなってしまう。そのような中にあっても、『枕草子』の中には暗い話が出てくることはほとんどなく、あくまで雅で気の利いた言葉で定子の住む世界が語られるばかりだ。政治的にデリケートな話も絶妙に避けられている。
 ここに清少納言の思いがあった。 本書ではこれを「たくらみ」と称している。『枕草子』は、ただ定子のために捧げられたものなのだという。生前は定子の心を癒やし、没後は定子の魂を慰める、ただそのままに。
 とてもおもしろい本である。『枕草子』の原文と訳を豊富に掲載し、『紫式部日記』、『栄華物語』、『小右記』などの記述も多数引用することで、この時代背景を詳しく追いながら、定子と清少納言の関係にスポットライトを当てて『枕草子』を解読していく。この本を読むまで、『枕草子』の裏にこんなにも複雑で重々しいドラマが隠されていたとは思いもしなかった。清少納言に対するイメージを大きく変えた一冊である。

『リクくんのキノコ狩り』

 第12回KFS絵本グランプリ創作絵本部門で入選しました。KFS(講談社フェーマススクールズ)は今年度で解体されるので、今回が最後のグランプリでした。とうとう上位に食い込むことができないまま終わってしまったな、というのが正直な感想です。以下は、あらすじと提出した4枚の絵です。


 鼻の赤いアリクイのリクくんはこの日をとても楽しみにしていました。今日は待ちに待ったキノコ狩りの日です。
 朝からみんなで集まって、朝食を食べながらわいわいガヤガヤ。「私キノコ狩りなんて初めて。楽しみだわ」「両手に抱えるくらいの大きいマッシュルームを取ってくるぞ」「チイちゃん、朝からそんなに食べてたらキノコ汁食べられなくなるぞ」「ハハハ」
 食べ終わってから、さあ出発。トチおじさんの小屋に立てかけてあるシイタケのほだ木を横目に見ながら山の中へ。はじめはなかなか見つけられなかったキノコですが、目が慣れてくるとどんどん見つかるようになりました。ホンシメジ、ムラサキシメジ、ナメコ、カラカサタケ。みんな夢中になってキノコ採りに励んでいます。
 ところがそのうち、それぞれが一生懸命下ばかり見てキノコを採っていたので、気づいたらみんな森の中でバラバラになってしまいました。「おーい、リクくーん」「おーい、カンちゃーん」みんなお互いに声を掛け合ってまた会えることができました。でもチイちゃんの姿だけが見えません。みんなでチイちゃんのことを探しました。
 すると、真っ赤なキノコの横でチイちゃんが倒れているのを見つけました。「これ、毒キノコだよ。チイちゃん食べちゃったんじゃない?」みんな心配して駆け寄ります。大声で話しかけても揺り動かしても起きません。森の仲間たちも心配して集まってきました。
 そして救急車が到着すると、チイちゃんはパッと目を開けて、「あーあ、よく寝た」と言いました。「大丈夫?」とみんな声をかけますが、チイちゃんはポカンとしています。みんなもそのうちチイちゃんがお腹いっぱいで寝ていただけだとわかりました。そしてみんなほっとして、どっと笑い合いました。
 そのあと森のみんなでおいしくキノコ汁を食べました。おしまい。

2017年10月9日月曜日

『ディテール・イン・タイポグラフィ』ヨースト・ホフリ

 現代企画室。『Detail in typography』Jost Hochuli。麥倉聖子 監修、山崎秀貴 訳。副題「読みやすい欧文組版のための基礎知識と考え方」。
 文字、字間、単語、単語間、行、行間、コラムといった、マイクロ・タイポグラフィとかディテール・タイポグラフィと呼ばれるものを対象に、基礎知識と考え方が書かれた本。組まれた文章が読みやすいとはどういうことなのかを、タイポグラフィの視点から説明している。内容は全然難しくなくて、ごく基礎的なことしか書かれていないけれど、つい気が回らずに読みづらい組版にしてしまいがちではあるのだろうから、基礎の確認のために読んでみてもいいかもしれない。70ページに満たない薄い本です。

2017年10月8日日曜日

『ライヴ・イン・モントリオール』上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ

 2017年。『Live in Montreal』Hiromi & Edmar Castaneda。
 エドマール・カスタネーダはコロンビア出身のハープ奏者である。2016年6月30日に行われたモントリオール・ジャズ・フェスティバルで、上原がエドマールの演奏を見て一目惚れしたのが、2人の出会いだという。彼女のアタックによって、その後1ヶ月もしないうちに共演が叶ったというのは驚きだ。
 彼のハーブの音を聴いて、私がこれまでハープに抱いていたイメージを根底から覆された。激しく情熱的でグルーヴィーという表現がハープにも当てはまるなんて思いもしなかった。上原が変態的なピアノを弾くということは元々わかっていたことだけれど、同じく変態的なハープを弾く奏者がいたとは(もちろんここでの変態的という言葉は褒め言葉である)。同じ撥弦楽器であるピアノとハープは、元来合わせづらい楽器同士なのだそうだが、このアルバムでの上原のピアノとエドマールのハープはぴったり息が合っていて、相性ばっちりである。ハープには30以上の弦が張られており、その音の間隔はふつうのドレミファソラシドではなく、全音になっているのだそうだ。その制約を聴いている者に微塵も感じさせない素敵なアレンジで、聴衆を圧倒させる。
 このアルバムでは2人のそれぞれの持ち歌の他、上原が2人のために作った曲やカヴァー曲が収められている。どの曲もすごくいいが、私はエドマールの『A Harp in New York』と、ピアノとハープのために上原が作った組曲『The Elements』(Air、Earth、Water、Fire)が特に好きだった。上原の作る曲はいつでもそうだが、このアルバムの中の曲もすべて曲名と中身がぴったり合っていて、音楽を聴いているとその情景が鮮やかに浮かび上がってくる。多くの人に聴いてもらいたい1枚だ。

2017年10月1日日曜日

『FELT』Nils Frahm

 2011年。
 ニルス・フラームはドイツのピアニストで、このアルバムも基本的にはピアノで弾いているが、シンセやヴィヴラフォンなどの音も後から重ねて、曲として仕上げている。たぶん自宅スタジオで録られており、夜中にも録音しているので隣人に迷惑をかけないように、ピアノの弦にフェルトを巻いたらしい。それがタイトルの由来なのだろう。そのフェルトの効果でやわらかく響いてくるピアノのやさしい音が、静かに心に染み入ってくる。おそらくスタジオは完全防音ではないのだろう。時折周囲の音が音源に混ざってきたり、ピアノのハンマーが弦をたたくときの雑音や演奏している彼の息づかいまでもが曲の中に表現されており、まるで目の前でピアノを演奏してくれているような感覚に陥る。録音時ヘッドフォンをして曲作りをしていたので、聴くときも是非ヘッドフォンをしてほしいと、同封のリーフレットには書かれている。