2017年9月26日火曜日

ブログのデザイン変えてみた

 同じデザインで8、9年やってきたんだけれど、ちょっと気分転換ということで、ブログのデザインを変えてみた。
 記事の背景は下地が見えるようにしたかったんだけど、そうするとパソコン上ではまあきれいに見えるんだけど、スマホから見ると読みづらかったりしたので、断念。結局記事の後ろに色をつけた。ださくなっちゃったけど。
 あと、本文中の英字フォントが日本語フォントと合っていないのですごくいやなんだけど、知識不足で直せなくてこれまた断念。日本語フォントを明朝体にすれば、それに合う英字フォントも見つかったんだけど、なんとなく本文はゴシックにしたくて。
 他にもいろいろと思いどおりにならないところが多々あれど、しばらくはこれで行くことにしました。すぐに気が変わってちょこちょこいじるかもしれないけれど。

『隷属なき道』ルトガー・ブレグマン

 文藝春秋。副題「AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働」。Rutger Bregman。野中香方子 訳。
 ベーシックインカムとは、例えば、全国民に区別なく1年間に150万円配りましょうというような感じで、生活保障をすることだ。その代わり生活保護も各種学費援助もすべて廃止するという。何だか今の日本では、というか世界のどこででも、そんな制度の導入はあまりにも非現実的なものに見えてしまう。でも実はこのようなベーシックインカムを小規模に導入した例は世界各地に見られ、それは成功しているのだという。つまり、貧者にお金を与えたってギャンブルやお酒に使うだけで余計働こうとしなくなるだけだという反対意見を覆し、実際には各人が生活に必要なものを手に入れたり、働き口を見つけるための行動に結びついたりしたのだという。生活保護制度を維持するためには公務員の人件費がかかっていたり、貧者による犯罪等に対処するための対策費用がかかるなど、多くのお金が使われている。それが、ベーシックインカムを導入することでそれらの費用が激減し、総体で見るとプラスになるとの結果も出ているという。そして驚くべきことに、1960年代のアメリカではベーシックインカムの導入は右派からも左派からも一定の支持を得ており、かのニクソン大統領はそれを議会にかけるところまでいったのだという(結果的には議会は通らなかったのだが)。
 このように著者の話を聞いていると、ベーシックインカムの導入は見果てぬ夢物語でもユートピアでもないような気がしてくる。そのためにはまず、このような概念を世間のより多くの人に知ってもらうことが必要だろう。そうすればもっと現実味をおびてくる。
 「一日三時間労働」というのは、1930年にケインズが行った講演の中の「2030年には人々の労働時間は週15時間になる」との予測を踏まえたものだ。著者は結局は「AIには勝てない」としており、AIとの共存のためには、時間と富の再分配、労働時間短縮とベーシックインカムが必要だと訴えている。また、全世界のわずか62人が35億人の総資産より多くの富を所有しているのは国境の存在にあるとして、国境の撤廃も主張している。
 これらの主張はどれも実現不可能なことのように感じるかもしれないが、著者が言うように、奴隷制度の廃止や女性参政権、同性婚も、始めそれを訴える人は狂人と見られていたという事実を忘れるわけにはいかない。

2017年9月25日月曜日

『DECAF “Colombia”』猿田彦珈琲

 ディカフェのコロンビア産コーヒー。
 ディカフェ(Decafe)とは思えないほどおいしい。ふつうにコーヒーの味がする。中深煎りくらい(猿田彦では中煎りと書いてあったけど)で、ミルクチョコレートのような甘くて舌触りのいいコーヒーだ。「スイスウォータープロセス」という水抽出によってカフェインを抜いているのがいいのかもしれない。簡便なディカフェの方法は有機溶媒によるものらしいから。
 今までカフェインレスのコーヒーなんてあまり飲まないできたけれど、そうもいってられなくなってきた。どうもここ半年から1年くらい、カフェインを取り過ぎると具合が悪くなってしまうようになったのだ。コーヒーだけじゃなくて紅茶とか烏龍茶を飲み過ぎてもいけない。年をとったせいなんだろうか。それとも体質が変わったせいなのだろうか。コーヒーの味と香りは今でも大好きなので、これまでのようにたくさん飲めなくなったのは悲しい。

猿田彦珈琲

2017年9月23日土曜日

『さわやかブレンド(2017)』徳光珈琲

 ミディアムロースト。
 やわらかい苦味はあるものの、酸味が主体のやや浅めの焙煎。徳光珈琲のコーヒーはもう何年も前から飲んでいるけれど、このブレンドは意外にも初めてだった。どちらかというと深めの焙煎が好みだったから、なんとなく避けてきたのだろう。酸味主体とはいえ、いやな感じの酸味ではなく、さっぱりした印象がある。少しナッツっぽい中にもフルーティなところもあって、悪くない。浅煎りのコーヒーは深煎りよりも若干少なめの豆を使った方が飲みやすくなるような気がする。

徳光珈琲

2017年9月19日火曜日

『月刊MdN 2017年10月号』

 今回の特集は「絶対フォント感を身につける。{明朝体編}」。例のごとく「絶対フォント感を身につけるためのフォント見本帳2017」が付録小冊子としてついており、「絶対フォント感を身につける。」シリーズとしては3回目となる(前回は2016年11月号)。特集は「明朝体編」となっているが、付録には明朝体だけでなく、ゴシック体、毛筆・硬筆体、デザイン書体なども含めた668書体が掲載されている。
 書体を見るとき、レトロ系、ベーシック系、アップデート系を大まかにカテゴリ分けしたり、さらに築地系か秀英系かを見たりと、基本的なポイントをいろいろと教えてくれる。そういう視点から文庫や雑誌などを眺めてみると、なるほど今まで気にならなかった書体の違いによる雰囲気の差がなんとなく感じられるようになる。これはこの書体だ、という絶対フォント感はもちろんそう簡単には身につけられないけれど、不思議と好きな書体というのができてきて、それだけは見分けられるというレベルにはわりとすぐに達するような気がする。気になるフォントがあったら付録の見本帳で調べてみるという地道な付重ねが、絶対フォント感を生み出していくのだろう。文字好きにはたまらない1.5冊(本編+付録)。

2017年9月17日日曜日

『新世紀』Mike Dawes

 2017年。『Era』マイク・ドーズ。
 基本的にはギター1本で奏でるソロギタースタイルだけれど、ニック・ジョンストン(Nick Johnston)のエレキギター・ソロの入った『Slow Dancing In a Burning Room』(John Mayerのカヴァー)や、ユッカ・バックランド(Jukka Backlund)のエレクトロニック・ピアノ、アナログ・シンセサイザーの入った『Parr & Sway』などの曲もある。後者はゆったりしていながらかわいらしさも共存していて私の好きな曲だ。重ね録りと見せかけて、実はルーパーを使って曲の前半に演奏しながら録音したフレーズを曲の途中から再生させて別パートをその上で演奏するといった面白いこともしている。このルーパーを使った演奏はライブで威力を発揮する。
 パーカッシブでタッピングなども駆使した『Overload』のような、いかにもニュー・エイジという曲もあるけれど、私はスピードがゆったり目で落ち着いた感じの『Scarlet』(Peripheryのカヴァー)や『Fortress』のような曲が好きだ。マイク・ドーズのギターはすごいテクニックが満載なんだけど、それをひけらかすのではなく、彼の音楽に必要な要素として組み込まれている感じがして、嫌みな感じが全然しない。とても好きなギタリストのひとりだ。
 この日本盤には、デビュー・アルバムの『What Just Happened?』(私の記事)収録のライヴ・ヴァージョン2曲も収められており、これもいい。

2017年9月14日木曜日

猿田彦珈琲 恵比寿本店

 東京都内に何店舗かある猿田彦珈琲の恵比寿本店。
 事前にネットで場所を確認していたはずなのに、あるべきところに見つからない。しばらく行ったり来たりして、やっと見つけた。最初に行ったとき目の前にあったのに気づかなかったらしい。だって「猿田彦珈琲」と看板が出ていると思っていたのに、「SARUTAHIKO COFFEE」と書いてあるんだもの。
 わりと有名な珈琲店だという認識だったので大きな店だと思っていたのだけれど、店構えは予想に反してコンパクトでアットホーム 。手作り感いっぱいの二人がけテーブルが5つとカウンターが4席のみ。ゆっくりしたかったので、真夏日にもかかわらずトールサイズの本日のホットコーヒーを頼む。マグカップにたっぷりと入ったコーヒーは、値段も良心的で、飲みやすくておいしい。店内に入ってくるお客さんを眺めていると、半分以上はテイクアウトかコーヒー豆を買っていく。メニューはストレートコーヒーばかりではないので、今度来たときはまた違うものを飲んでみよう。

猿田彦珈琲 恵比寿本店』東京都渋谷区恵比寿1-6-6

2017年9月13日水曜日

『ベルギー 奇想の系譜』Bunkamura ザ・ミュージアム

 2017年7月15日~9月24日。「ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」。
 幻想的なテーマを写実的な描写で表現してきたベルギーやその周辺地域の画家たちの作品を展示している。16世紀フランドル絵画から19世紀の象徴派、現代のコンテンポラリー・アートまで、非常に幅広い年代にわたる。
 ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲル(父)らの版画は、さして大きくもない画面に、これでもかというくらいの人物や怪物を詰め込んでおり、その情報量の多さに圧倒される。ひとつの作品を30分かけて観ても全然飽きが来ないだろう。それが19世紀以降になってくると、比較的テーマを絞って表現されるようになってくる。ルネ・マグリットやポール・デルヴォーの作品を思い浮かべると、わかりやすいかもしれない。マグリットは鳩の絵で知られる『大家族』が来ていた。他にも有名、無名を問わず多くのアーティストの作品(絵画だけでなく、ブロンズやコラージュもあったので、画家とは書かない)が展示されていたが、その中ではフェリシアン・ロップスの作品が目を惹いた。『娼婦政治家(ポルノクラート)』や『聖アントニウスの誘惑』といった代表作が来ていたのに驚いた。この2つの作品以外もよかった。
 今回の展覧会での作品のように、自由で常識にとらわれない想像力を持って絵を描けたらいいのになと思って会場をあとにした。

Bunkamura ザ・ミュージアム』東京都渋谷区道玄坂2-24-1

2017年9月11日月曜日

『知性の顚覆』橋本 治

 朝日新書。副題「日本人がバカになってしまう構造」。
 知性やばいんじゃね?という話を連載の中でしていたら、知性、顚覆しちゃいましたね、となってこの本は終わる。イギリスのEUからの脱退やトランプ大統領の誕生のことだ。ちょっと前まで「反知性主義」という言葉が流行っていたように感じるけれど、この本はそのことを論じる時に「ヤンキー的なもの」という話題から入る。よく読むと「ヤンキー・イコール・反知性」と言っているわけではないのだが、どうにもいやな感じはする。と思っていたら今度はいきなり阿波踊りの話になり大学闘争の話になり東京山の手の話になりと、ヤンキーと知性とがどうなったのかわからぬままに話はどんどん進んでいく(一応著者なりのヤンキーの定義は途中で出てくるのだが)。最終的には「反知性」とは何か。主義なんてものじゃなくて空気なんじゃないかとかいう話につながっていくわけだけれど、そこに至るまでの道筋はなかなか一筋縄ではいかない。それはあとがきにも書かれているように本人も自覚しているところで、その一筋縄ではいかないところを、読者のみなさん、がんばって考えてみてください。そうすればいわゆる知性というものの全体像が浮かんでくるかもしれませんよ、と言いたいようだ。そんな無責任な、と思わないでもないけれど、本書の中でそのネタは十分仕込んであるということなのだろう。得意の橋本節に踊らされ、私の思考は未だ宙に浮いたままにある。

2017年9月6日水曜日

『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』矢部 宏治

 講談社現代新書。
 日本の上空には米軍に支配されている空間がかなりあり、沖縄などすぐに思いつくところばかりでなく東京上空にもあって、民間機はそこを避けるように飛んでいる。米軍は日本において治外法権を与えられている。自衛隊は米軍の指揮の下で行動する。など、ふつうに何気ない生活を送っている私のような人間からするとにわかには信じられないことが、事実として語られる。しかも多くの証拠をもとに。
 それによると、米軍と日本の間には多くの密約があるらしい。そしてそれらの密約や、日本の官僚と米軍組織からなる日米合同委員会での決定事項は、なんと憲法や条約よりも上位のものとして扱われるらしい。なるほど確かに辻褄は合っているように思える。米軍の隊員が日本で犯罪を犯しても、すぐにアメリカに引き取られてたいした罪に問われなかったり、こんなに国民が反対しているのにオスプレイが飛び回っていたり、アメリカの一般住宅の上空ではあり得ない低空飛行が沖縄で行われていたりしているにもかかわらず、それを止めることのできない日本。そのルーツを戦前にまで遡り、敗戦、憲法制定、朝鮮戦争、安保条約、砂川事件判決、安保関連法案採決という流れの中で捉えていく。
 読んでもよくわからないところはある。密約等が憲法や国際法規よりも上位にあるという異常事態が常態化していて、それを変えることができないのはなぜかだとか、集団的自衛権のこととか。それはともかく、この本に書かれているストーリーは荒唐無稽というわけでもなく十分あり得ることだし、もし本当のことなのだとしたらどうにかしなければならないだろうと思う。この内容が広く日本国中で知られるようになってもなおかつ日本と米軍との関係が変わらないのだとしたら、本書に書かれていることは間違っているのかもしれない。でも本書の内容が正しいかどうか確かめる方法が他にないのだとしたら、やっぱりこのことは「知ってはいけない」のではなく、皆が「知らなければならない」。信じる信じないにかかわらず、試しにページを開いてみるのはどうだろう。

2017年9月3日日曜日

『スプリング・イズ・ヒア』小曽根 真

 1986年に録音された、小曽根にとって初めてのスタンダード・ナンバー・アルバム。小曽根のピアノに、ジョージ・ムラーツ(George Mraz)のベース、ロイ・ヘインズ(Roy Haynes)のドラムスというトリオ構成となっている。
 『Beautiful Love』に始まり『Spring is Here』、『Someday My Prince Will Come』と、よく知られた曲が8曲入っている。どれも軽快なピアノにベース、ドラムスが絶妙に絡まって、安定した演奏を聴かせる。嫌み臭いところがまったくなく、とても聴きやすい。BGMにぴったりなのでここしばらくずっとかけ流していたけれど、なんだかうまくまとまりすぎていてちょっぴり物足りなさは感じる。もうちょっとクセがあった方が好きかも。

2017年9月2日土曜日

『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』北海道立近代美術館

 2017年8月26日~10月15日。
 日本に憧れ、浮世絵からも大きな影響を受けたゴッホと日本との関わりをたどる展覧会。並べられた油絵の数々を前にすると、ゴッホによる力強い筆致と強烈な色彩が目に飛び込んでくる。それらは一見日本とは全然関係ないように思われるのだが、よく観ると平坦な色面構成やはっきりとした輪郭線など、浮世絵の影響が見て取れる。この展覧会では、ゴッホによる人物画、風景画、浮世絵の模写やドローイングの他、歌川広重や葛飾北斎らによる浮世絵、各種書物などの資料が展示されている。ゴッホ自身の作品が思ったより少なかったのは残念だったけれど、それでもこれだけの量のゴッホ作品が北海道に来ることは滅多にないので、それなりに楽しめた。

北海道立近代美術館』札幌市中央区北1条西17丁目

『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎』デヴィッド・エドモンズ、ジョン・エーディナウ

 ちくま学芸文庫。二木麻里 訳。
 ウィーン出身でともにユダヤ人の家庭に生まれた二人の哲学者、カール・ポパーとルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン。この二人がただ一度だけ顔を合わせたことがある。1946年10月25日金曜日の夜、ケンブリッジ大学のモラル・サイエンス・クラブの定例会合にゲストとして招かれたポパーの前にはウィトゲンシュタインもいた。「哲学の諸問題はあるか」というテーマでポパーによって始められた公演の直後、ウィトゲンシュタインは真っ赤に焼けた火かき棒を手にして自説を展開し、部屋を出て行ったといわれる。
 このときの状況には不明な点が残っている。ポパーのその後の証言は、その場に居合わせた他の教授、学生たちとの証言と合わないところがある。また、皆の記憶も曖昧になっている。そのときいったいどういうやりとりが二人の間で行われ、実際には何が起きたのか。このことについて、多くの証言、資料を用い、二人の哲学者の生い立ち、時代背景、哲学への向き合い方、思想等をとおして、真実を追い求めていく。
 ポパーが一方的にウィトゲンシュタインのことを敵視していたことは確からしい。哲学の諸問題はあると考えていたポパーに対し、哲学の諸問題はない、あるのはただ謎だけだと考えていたウィトゲンシュタインの思想は相容れない。反証可能性という概念を生み出し科学哲学を前に進めたポパーと、あくまで言語のあり方にこだわり続けたウィトゲンシュタイン。元々ウィトゲンシュタイン・フリークである私にとっては、ウィトゲンシュタインに肩入れしたいところなのだが、はてさて事実はいかに。
 本書はこの10分間の出来事を語るということをテーマにしているけれど、彼ら二人の二重評伝として読んでも面白い。第二次世界大戦時のユダヤ迫害の不合理さ、そしてそれらから彼らがどうやって逃げてきたのか、迫真に迫る記述は興味深い。もちろん、二人のバートランド・ラッセルやウィーン学団との関わりなど、哲学という学問をとおした展開も隅に置けない。この本は文句なしに面白い。ポパーやウィトゲンシュタインのことをある程度知っているのなら、さらに面白く読めるだろう。