2017年4月30日日曜日

『バラのある花束』

 なんの予定もないゴールデンウィーク。机の上にはしおれかけたバラの花。せめて画用紙にその姿を映しておこうか。ひまだし。

2017年4月29日土曜日

『ママのブレンド(2017)』横井珈琲

 母の日のためのブレンド。基本的にはコスタリカ・ラ・リア、ホンジュラス・レイナ・クラロス、エチオピア・イルガチェフェ・コカーナの3種類の豆をブレンドだが、販売状況によって豆の種類は変わるらしい。
 桃のような印象の、やわらかい舌触りのまろやかなブレンド。飲みやすくておいしい。ただ、確かにバランスはいいのだけれど、バランスが取れすぎてしまって使っている豆の特長が減じられているような気もする。気のせいかもしれない。でももうちょっとクセのあるコーヒーの方が好き。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2017年4月25日火曜日

『経済学のすすめ』佐和 隆光

 岩波新書。副題「人文知と批判的精神の復権」。
 日本では文系が軽視されている。国の発展のためには理系教育をこそ進めていくべきで、大学に文系学部なんていらない。そんな論調がある。文部科学省までそのような通達を出していたりするし、大学入試やカリキュラムもそういった流れに沿った変化をしてきた。だが、それは間違いであると著者はいう。人文科学系の勉強をすることなく育った理系人間だけではイノベーションは生まれない。さらに、自由主義、民主主義、個人主義という近代西欧の価値規範をこの国に根付かせるためには、人文知と批判的精神の復権が必要であると主張する。
 翻って今の日本の経済学はどうなっているだろう。アメリカやヨーロッパと異なり、数式を追ってばかりで人文知とは無縁な姿がそこにはある。それではいけない。今こそ、モラル・サイエンスとしての経済学の健全なる復権を願うと、著者は本書で述べている。
 著者のいうことは大筋としてもっともであると感じた。しかし、結論がちょっと唐突に感じられる論法が随所に見られ、主観的に過ぎる部分もあり、いくぶん論理の組み立てが雑なような気がした。また、本書のタイトルは『経済学のすすめ』であるが、著者は経済学をすすめることよりもむしろ、副題である「人文知と批判的精神の復権」をこそ主張したかったんだと思う。ちょっと論理展開に難はあるけれども、読み物としてはおもしろかった。

2017年4月22日土曜日

『新昌龍井(2016)』遊茶

 しんしょうろんじん。
 中国の緑茶。龍井というと浙江省杭州市近辺で生産している西湖龍井(さいころんじん)をつい思い浮かべてしまうが、浙江省紹興市新昌県でも「龍井」と呼ばれるお茶がつくられていることは、今回初めて知った。別称を「大佛龍井」というらしい。
 釜に押しつけられて作られているためにきれいな扁平形をしており、お湯を入れると鮮やかなお茶っ葉の形になってふわふわと浮かんでいる。こういう見た目に美しいお茶は蓋椀で煎れるに限る。蓋椀は蓋付きの茶碗ですね(受け皿もついている)。見た目だけじゃなくて、味もしっかりしていておいしい。日本のふつうの緑茶よりもはっきりとした味がして、ちょっぴり抹茶っぽい雰囲気もある(もちろん粉っぽさはないのだけれど)。西湖龍井よりも知名度は少ないけれど、とてもおいしいお茶で、私は好きです。

遊茶』東京都渋谷区神宮前5-8-5

2017年4月17日月曜日

『Transparències』Toti Soler

 2016年。トティ・ソレール。スペイン、カタルーニャのギタリスト。
 このアルバムは、2008年から2015年にかけて発売された4枚のアルバムの中から、インストゥルメンタルだけを集めたものである。ガットギターの単音弾きが主で、メロディと分散和音が渾然一体となって奏でられる。時折交じる鳥の声のせいか、森の中の静かな空間を、音で丁寧に埋めていっているかのような感じがする。家でゆったりと読書に集中するのにぴったりな音楽。

2017年4月16日日曜日

『印象派とその時代』三浦篤・中村誠監修

 美術出版社。副題「モネからセザンヌへ」。
 本書は、2002年に開催された展覧会「モネからセザンヌへ-印象派とその時代」(秋田県立近代美術館、埼玉県立近代美術館)の図録を、ほぼそのままの形で単行本化したものである。大型本で図版も多く見やすい。内容的には時代考証もしっかりしており、同時代の批評家や画家たちのテキストも多く掲載しており、読み甲斐がある。印象派が、フランス史の中の第二帝政からパリ・コミューン、第三共和政に至るまでの流れの中に位置づけられているという発想は今までなかった。美術史は社会史ともつながっているという当たり前のことを学んだ気がする。副題にある「モネからセザンヌへ」というのは、そのまま「印象派からポスト印象派へ」と言い換えてもいいのだと思われる。印象派がどのようにして生まれ、どのように変遷し、その後の印象派以外の美術活動へつながっていったのか、同時期のサロン派と呼ばれる画家たちも紹介しながら解説している。19世紀後半から20世紀前半にかけてのフランスの美術史を俯瞰する優れた一冊であると思う。

2017年4月15日土曜日

『数学と方法』野﨑 昭弘

 東京図書。副題『もっと数学が好きになるヒント』。
 本書は「数学の内容をしっかり理解」し、特に「まちがった思い込みを解消して、正しい認識に到達」し、できれば「数学を見直し、おもしろいところを発見する」ために参考になるようなことを目指して書かれている。数学書を読む心得として、数や論理についてや命題と論理演算、数学的帰納法などを取り上げたり、定義の意味を理解できるよう解説を試みたり、証明やパズルなどを紹介してくれたりしている。対象読者は「数学が好きではなく、どちらかというと苦手の人」を想定している。内容は高校数学から大学教養初歩レベルくらいだと思う。
 とはいえ、この本は思いっきり数学の本である(当たり前だが)。確かに丁寧には書かれているけれど、数学を苦手としている人にはちょっときつい内容だと思う。事実数学が苦手な私は、位相空間論は何を論ずるためのものなのかさっぱりわからなかったし、円周率πが超越数であることの証明は途中で投げ出してしまった。確かに初学者向けの内容もある。例えば分数の割り算をするときに、分子と分母をひっくり返してかけるのはなぜかという説明は、(くどいとは思うけれど)かなりかみ砕いて説明している。だけれど数学が苦手な人はεとかδとかψとかのギリシャ文字や、部分積分とか二重積分とかがほぼ説明なくいきなり出てこられても尻込みしてしまうと思うのだ。たぶんこの本は、数学が好きな人が基本に立ち返ったり、この証明はこうやって説明するとわかりやすくなるのか、と頷いたり、ちょっとした数学ネタにほくそ笑んだりするための本だと思う。数学が苦手な人にとっては簡単な本ではない。数学好きには楽しい本だと思うけれど。

2017年4月14日金曜日

『グアテマラ・ラ・ベイヤ・ブルボン(2016)』横井珈琲

 Guatemala La Bella。グアテマラのラ・ベイヤ農園のコーヒー。ブルボン種。
 夏みかんのような柑橘系の香りと苦味。ふつうは柑橘系の酸味なんてよくいうけれど、これは苦味がミカンぽい。苦味と酸味のバランスが絶妙で、キリッとした飲み口もよい。少し冷めてくると、やわらかい舌触りに変わってくる。とてもおいしいコーヒー。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2017年4月10日月曜日

『ヒットの崩壊』柴 那典

 講談社現代新書。
 言われてみると、2000年以降のヒット曲を思い出そうとしてもなかなかこれといった曲が思い浮かばない。それでも曲名を挙げられると、ああ、そういえば、と思う。でもこれが2010年以降と言われるとさらに頭の中に出てこなくなる。年のせいかな、と思っていたのだが、どうもそれだけではないらしい。音楽を巡る環境は確実に変化しているのだという。ヒット曲といえばオリコンチャート上位曲というのが当たり前だと思っていたが、ここ5年ほどの年間1位の曲はAKB48の曲が占めている。その前は嵐。しかも知らない曲ばかり。AKB48の曲は数曲知っているが、それらは1位ではない。何が起こっているのか。そう、CDの売り上げが即ヒット曲という時代は終わったのだ。
 著者はそこら辺の事情について、プロデューサーやアーティストらへのインタビューや取材をとおして明らかにしていく。音楽無料配信サービスの登場、フェスの興隆、テレビにおける生音楽番組の隆盛は何を意味するのか。ヒット曲がなくなったわけではない。ヒットの意味するところが変わっただけではないのか。そうやって、今後の音楽の未来を占っていく。これからの音楽はどういう方向に進んでいくのであろうかと。
 著者の分析はなかなか的を射ているように思えて、興味深く読んだ。と同時に、私はこの音楽の流れの中にはいないこともまた強く感じた。私は時代遅れなのだろうか。いや、そうではないと思いたかったが、時代の流れに取り残されていく自分を想像して、少し悲しくなった。

2017年4月9日日曜日

『オルセーのナビ派展』三菱一号館美術館

 2017年2月4日~5月21日。『美の預言者たちーささやきとざわめき』。
 「ナビ」とはヘブライ語で「預言者」のこと。19世紀末に活動していたボナール、ヴュイヤール、ドニ、セリュジエ、ヴァロットンらからなる芸術家グループが、自分たちのことをこう呼んでいたのだという。この展覧会は、オルセー美術館が所蔵するナビ派のコレクションを展示したものである。
 日常的な情景などを、平坦な色面で表現した作品が多い。その色面は、そのままべったりとした面であったり、暗い輪郭線で囲まれたクロワゾニスムと呼ばれる手法であったり、印象派のような筆の跡を残した面であったりもするのだけれど、それらは従来の西洋画にあったような立体の表現法とは明らかに違っていて、というか従来の表現手法にはまったく興味がなかったのだろうと思われ、そこにナビ派の新しさみたいなものが表れているのだろうと思う。印象派のような光一辺倒とも違い、フォービスムのようなどぎつさ(力強さ)とも違い、どちらかといえばパステルカラーを主体としたそれらの絵は、彼らの表現したかった思想は別として、私には引き込まれる要素のたくさんある流派であると感じた。彼らの表現したかった思想というのは、たぶん象徴主義であったり神秘的な主題であったりするのかもしれないが、ナビ派についてあまり知らず、この展覧会で観るのがほぼ初めての経験だった私からすると、主題よりも先にまず見た目でしか語りようがないのは仕方がない。彼らの思想については今後の勉強課題としたい。
 私が比較的馴染んでいた画家はボナールやドニであるが、彼らよりも目を引いたのはヴァロットンの作品だった。色面の捉え方も好きだったし、白黒のモノトーンで表現された版画作品もとても好きだった。私にとっては、ヴァロットンの発見が何よりの収穫だった。

三菱一号館美術館』東京都千代田区丸の内2-6-2

第31回「日本シェーグレン症候群患者の会」患者会及び講演会

 平成29年4月8日に第一三共株式会社東京支店にて、第31回「日本シェーグレン症候群患者の会」患者会及び講演会が行われた。その中で私が興味を持ったものについて(だから私の症状とあまりにも違う症例等については端折ります)、メモ的にちょっと書いておきたい。聞き間違い、理解不足もあるかもしれないので、責任は持ちません。あと、いつもは講演者(発言者)の名前も書いていますが、今回はあえて載せていません。
○睡眠の話(中年以降の女性を対象とした調査に基づいて)
・患者と健常者の間に、睡眠時間、睡眠効率には差がみられなかった。
・健常者に比べて患者は、中途覚醒回数、中途覚醒時間が多かった。
・疾患をもつ女性は、健常者と同じだけ働くと疲れがたまりやすいと思われる。もっと積極的に休養をとるように心がけるといいのではないか。
○オプジーボの話
・ガン治療で話題になっている免疫チェックポイント阻害薬であるオプジーボについて、治療後に関節炎、乾燥症候群になる患者がみられる。症状や検査結果から、自己免疫が関わっていると考えられる。
○生活の仕方
・働き過ぎない
・適度な運動と休養
・食べ過ぎない
・等々
○シェーグレンと関節炎
・関節リウマチとの違いについて、どちらも白血球によって自己破壊するのは共通だが、リウマチでは骨の破壊にまで至るが、シェーグレンでは関節の外側にある関節包の破壊(炎症?)にとどまる。
・関節リウマチの20%はシェーグレンを併発しているとの研究結果もあるが、このことは逆に、シェーグレンの中に関節包の破壊にとどまるものと骨破壊に至るリウマチを合併しているものの2種類がある、と考えた方がいいのではないか。
・リウマチ治療薬であるアバタセプト(CD80/86を標的?)がシェーグレンにも効くとの研究結果があることから、今後アバタセプトがシェーグレンの治療薬になっていくかもしれない。
・今でも、リウマチ治療薬であるミゾリビンをシェーグレンの治療に使うことはある。
○眼科症状の話
・まぶたにはマイボーム腺がある。
・角膜は神経が密なので、敏感である。
・点眼薬の使いすぎ(多剤、頻回)が目の症状の悪化を呼ぶことがある。薬剤性角膜上皮障害に注意。
・2016年にドライアイの診断基準が変わった。それまではシルマーテストなども必要だったがそれらはすべてなくなり、涙液層破壊時間(BUT)5秒以下と自覚症状のみになった。
・ドライアイの治療の目標は、いかに自覚症状にアプローチしていくかである。
・日米でドライアイに対する考え方はまったく違う。日本では涙液層の安定化を目指しているが、アメリカでは免疫抑制薬と人工涙液の併用で対処している。そして、両国のやり方はどちらもそれなりの効果を得ているため、どちらのやり方が正しいとかそういう話ではない。
・今後、ある種の疼痛をブロックする治療が生まれてくるのではないか。
・アメリカではドライアイの86%にマイボーム腺機能不全(MGD)が併発しているとの研究結果がある(MGDではないドライアイの代表例は涙液減少型ドライアイ)。
・MGDはマイボーム腺から油分(脂分?)が出にくくなるもので、まぶたを温めることで油分が溶けやすくなり、効果があることがある。朝夕2回の蒸しタオルをすすめる。
○胃薬の話
・シェーグレンは唾液の分泌が減ることで胃酸の中和がうまくいかず、逆流性食道炎になったりする人もいる。
・そのために処方される胃酸を抑える薬であるアシノン、ムコスタは、少しだけ唾液を出やすくする作用もある。

2017年4月1日土曜日

『「正しい政策」がないならどうすべきか』ジョナサン・ウルフ

 勁草書房。Jonathan Wolff。大澤津、原田健二朗 訳。副題『政策のための哲学』。
 私は勘違いして買ってしまったのだが、本書は、政治家等が正しい政策を示さなかったら我々国民はどういう選択をすべきか、という本ではない。むしろ逆に、国にとってある問題が生じたときに、「正しい政策」というものが存在しない場合に、政府や国がどういう政策をとるべきか、ということについて書かれている。つまり、本書の中で取り上げている動物実験、ギャンブル、ドラッグ、犯罪と刑罰、障碍、自由市場などについては、そもそも「正しい」といえる政策などなく、どの政策をとるにせよ一長一短があるので、それらのバランスをどうとっていかなければならないのかということが重要になるというわけである。そして、それらの問題を考えるときに、政治哲学や公共哲学を扱っている哲学者がどのようにそれらに関わっていくか、関わることができるのかについて考察されている。哲学の立場から論理的に導き出された答えが、必ずしも政策に直結していくわけではない。そこには国民の間に醸成された空気みたいなものや、政治的な思惑なども絡んでくる。そんな絶対的な「正しさ」が存在しない中で、どのような政策をとっていけばいいのだろうか。
 本書に中にきっちりとした答えが示されているわけではない。しかし、その方向性は示されている。本書はイギリスの例に基づいたものであるけれど、日本においてもその考え方そのものは適用できる。動物実験、ギャンブル、ドラッグなどについて善し悪しを判断することは、我々が思っている以上に複雑な事情を抱えていて、一筋縄でいかないことに驚きを感じる。ともすれば単眼的思考に陥りがちな我々から、複眼的思考を取り戻してくれる本だと思う。