2017年10月15日日曜日

『やまがみさまのどうくつ』

 第12回KFS絵本グランプリ絵本イラスト部門で入選しました。神社の近くの山神様の洞窟に、おてんばなお嬢さんが入っていって祠を掃除しているところです。画材は久しぶりにガッシュ(不透明水彩)を使ってみました。ちょっとコミック寄りかも。最近私の画法はぶれにぶれまくりです。

2017年10月14日土曜日

『枕草子のたくらみ』山本 淳子

 朝日新聞出版。副題『「春はあけぼの」に秘められた思い』。
 『枕草子』の作者、清少納言は、一条天皇の中宮である定子に仕えた。そしてその頃の貴族らの機知に富んだ雅で華やかな世界を『枕草子』の中に描き出した。では何のために?
 清少納言というと、「春って曙よ!」 で始まる橋本治による『桃尻語訳枕草子』のイメージのせいか、どうしても、頭はいいけどミーハーで、ちょっといっちゃってる現代娘という印象が強い。そして『枕草子』に書かれているそのままに優雅な時代を生きたのだと。ところが実際には、定子はこの平安の世の中で必ずしも幸せとはいえず、権謀術数の渦巻く政治の世界に翻弄され、数奇な人生を送ったのだという。一条天皇に愛され、その間に男子をもうけながらも、失意のうちに24歳という若さでなくなってしまう。そのような中にあっても、『枕草子』の中には暗い話が出てくることはほとんどなく、あくまで雅で気の利いた言葉で定子の住む世界が語られるばかりだ。政治的にデリケートな話も絶妙に避けられている。
 ここに清少納言の思いがあった。 本書ではこれを「たくらみ」と称している。『枕草子』は、ただ定子のために捧げられたものなのだという。生前は定子の心を癒やし、没後は定子の魂を慰める、ただそのままに。
 とてもおもしろい本である。『枕草子』の原文と訳を豊富に掲載し、『紫式部日記』、『栄華物語』、『小右記』などの記述も多数引用することで、この時代背景を詳しく追いながら、定子と清少納言の関係にスポットライトを当てて『枕草子』を解読していく。この本を読むまで、『枕草子』の裏にこんなにも複雑で重々しいドラマが隠されていたとは思いもしなかった。清少納言に対するイメージを大きく変えた一冊である。

『リクくんのキノコ狩り』

 第12回KFS絵本グランプリ創作絵本部門で入選しました。KFS(講談社フェーマススクールズ)は今年度で解体されるので、今回が最後のグランプリでした。とうとう上位に食い込むことができないまま終わってしまったな、というのが正直な感想です。以下は、あらすじと提出した4枚の絵です。


 鼻の赤いアリクイのリクくんはこの日をとても楽しみにしていました。今日は待ちに待ったキノコ狩りの日です。
 朝からみんなで集まって、朝食を食べながらわいわいガヤガヤ。「私キノコ狩りなんて初めて。楽しみだわ」「両手に抱えるくらいの大きいマッシュルームを取ってくるぞ」「チイちゃん、朝からそんなに食べてたらキノコ汁食べられなくなるぞ」「ハハハ」
 食べ終わってから、さあ出発。トチおじさんの小屋に立てかけてあるシイタケのほだ木を横目に見ながら山の中へ。はじめはなかなか見つけられなかったキノコですが、目が慣れてくるとどんどん見つかるようになりました。ホンシメジ、ムラサキシメジ、ナメコ、カラカサタケ。みんな夢中になってキノコ採りに励んでいます。
 ところがそのうち、それぞれが一生懸命下ばかり見てキノコを採っていたので、気づいたらみんな森の中でバラバラになってしまいました。「おーい、リクくーん」「おーい、カンちゃーん」みんなお互いに声を掛け合ってまた会えることができました。でもチイちゃんの姿だけが見えません。みんなでチイちゃんのことを探しました。
 すると、真っ赤なキノコの横でチイちゃんが倒れているのを見つけました。「これ、毒キノコだよ。チイちゃん食べちゃったんじゃない?」みんな心配して駆け寄ります。大声で話しかけても揺り動かしても起きません。森の仲間たちも心配して集まってきました。
 そして救急車が到着すると、チイちゃんはパッと目を開けて、「あーあ、よく寝た」と言いました。「大丈夫?」とみんな声をかけますが、チイちゃんはポカンとしています。みんなもそのうちチイちゃんがお腹いっぱいで寝ていただけだとわかりました。そしてみんなほっとして、どっと笑い合いました。
 そのあと森のみんなでおいしくキノコ汁を食べました。おしまい。

2017年10月9日月曜日

『ディテール・イン・タイポグラフィ』ヨースト・ホフリ

 現代企画室。『Detail in typography』Jost Hochuli。麥倉聖子 監修、山崎秀貴 訳。副題「読みやすい欧文組版のための基礎知識と考え方」。
 文字、字間、単語、単語間、行、行間、コラムといった、マイクロ・タイポグラフィとかディテール・タイポグラフィと呼ばれるものを対象に、基礎知識と考え方が書かれた本。組まれた文章が読みやすいとはどういうことなのかを、タイポグラフィの視点から説明している。内容は全然難しくなくて、ごく基礎的なことしか書かれていないけれど、つい気が回らずに読みづらい組版にしてしまいがちではあるのだろうから、基礎の確認のために読んでみてもいいかもしれない。70ページに満たない薄い本です。

2017年10月8日日曜日

『ライヴ・イン・モントリオール』上原ひろみ×エドマール・カスタネーダ

 2017年。『Live in Montreal』Hiromi & Edmar Castaneda。
 エドマール・カスタネーダはコロンビア出身のハープ奏者である。2016年6月30日に行われたモントリオール・ジャズ・フェスティバルで、上原がエドマールの演奏を見て一目惚れしたのが、2人の出会いだという。彼女のアタックによって、その後1ヶ月もしないうちに共演が叶ったというのは驚きだ。
 彼のハーブの音を聴いて、私がこれまでハープに抱いていたイメージを根底から覆された。激しく情熱的でグルーヴィーという表現がハープにも当てはまるなんて思いもしなかった。上原が変態的なピアノを弾くということは元々わかっていたことだけれど、同じく変態的なハープを弾く奏者がいたとは(もちろんここでの変態的という言葉は褒め言葉である)。同じ撥弦楽器であるピアノとハープは、元来合わせづらい楽器同士なのだそうだが、このアルバムでの上原のピアノとエドマールのハープはぴったり息が合っていて、相性ばっちりである。ハープには30以上の弦が張られており、その音の間隔はふつうのドレミファソラシドではなく、全音になっているのだそうだ。その制約を聴いている者に微塵も感じさせない素敵なアレンジで、聴衆を圧倒させる。
 このアルバムでは2人のそれぞれの持ち歌の他、上原が2人のために作った曲やカヴァー曲が収められている。どの曲もすごくいいが、私はエドマールの『A Harp in New York』と、ピアノとハープのために上原が作った組曲『The Elements』(Air、Earth、Water、Fire)が特に好きだった。上原の作る曲はいつでもそうだが、このアルバムの中の曲もすべて曲名と中身がぴったり合っていて、音楽を聴いているとその情景が鮮やかに浮かび上がってくる。多くの人に聴いてもらいたい1枚だ。

2017年10月1日日曜日

『FELT』Nils Frahm

 2011年。
 ニルス・フラームはドイツのピアニストで、このアルバムも基本的にはピアノで弾いているが、シンセやヴィヴラフォンなどの音も後から重ねて、曲として仕上げている。たぶん自宅スタジオで録られており、夜中にも録音しているので隣人に迷惑をかけないように、ピアノの弦にフェルトを巻いたらしい。それがタイトルの由来なのだろう。そのフェルトの効果でやわらかく響いてくるピアノのやさしい音が、静かに心に染み入ってくる。おそらくスタジオは完全防音ではないのだろう。時折周囲の音が音源に混ざってきたり、ピアノのハンマーが弦をたたくときの雑音や演奏している彼の息づかいまでもが曲の中に表現されており、まるで目の前でピアノを演奏してくれているような感覚に陥る。録音時ヘッドフォンをして曲作りをしていたので、聴くときも是非ヘッドフォンをしてほしいと、同封のリーフレットには書かれている。

2017年9月26日火曜日

ブログのデザイン変えてみた

 同じデザインで8、9年やってきたんだけれど、ちょっと気分転換ということで、ブログのデザインを変えてみた。
 記事の背景は下地が見えるようにしたかったんだけど、そうするとパソコン上ではまあきれいに見えるんだけど、スマホから見ると読みづらかったりしたので、断念。結局記事の後ろに色をつけた。ださくなっちゃったけど。
 あと、本文中の英字フォントが日本語フォントと合っていないのですごくいやなんだけど、知識不足で直せなくてこれまた断念。日本語フォントを明朝体にすれば、それに合う英字フォントも見つかったんだけど、なんとなく本文はゴシックにしたくて。
 他にもいろいろと思いどおりにならないところが多々あれど、しばらくはこれで行くことにしました。すぐに気が変わってちょこちょこいじるかもしれないけれど。

『隷属なき道』ルトガー・ブレグマン

 文藝春秋。副題「AIとの競争に勝つ ベーシックインカムと一日三時間労働」。Rutger Bregman。野中香方子 訳。
 ベーシックインカムとは、例えば、全国民に区別なく1年間に150万円配りましょうというような感じで、生活保障をすることだ。その代わり生活保護も各種学費援助もすべて廃止するという。何だか今の日本では、というか世界のどこででも、そんな制度の導入はあまりにも非現実的なものに見えてしまう。でも実はこのようなベーシックインカムを小規模に導入した例は世界各地に見られ、それは成功しているのだという。つまり、貧者にお金を与えたってギャンブルやお酒に使うだけで余計働こうとしなくなるだけだという反対意見を覆し、実際には各人が生活に必要なものを手に入れたり、働き口を見つけるための行動に結びついたりしたのだという。生活保護制度を維持するためには公務員の人件費がかかっていたり、貧者による犯罪等に対処するための対策費用がかかるなど、多くのお金が使われている。それが、ベーシックインカムを導入することでそれらの費用が激減し、総体で見るとプラスになるとの結果も出ているという。そして驚くべきことに、1960年代のアメリカではベーシックインカムの導入は右派からも左派からも一定の支持を得ており、かのニクソン大統領はそれを議会にかけるところまでいったのだという(結果的には議会は通らなかったのだが)。
 このように著者の話を聞いていると、ベーシックインカムの導入は見果てぬ夢物語でもユートピアでもないような気がしてくる。そのためにはまず、このような概念を世間のより多くの人に知ってもらうことが必要だろう。そうすればもっと現実味をおびてくる。
 「一日三時間労働」というのは、1930年にケインズが行った講演の中の「2030年には人々の労働時間は週15時間になる」との予測を踏まえたものだ。著者は結局は「AIには勝てない」としており、AIとの共存のためには、時間と富の再分配、労働時間短縮とベーシックインカムが必要だと訴えている。また、全世界のわずか62人が35億人の総資産より多くの富を所有しているのは国境の存在にあるとして、国境の撤廃も主張している。
 これらの主張はどれも実現不可能なことのように感じるかもしれないが、著者が言うように、奴隷制度の廃止や女性参政権、同性婚も、始めそれを訴える人は狂人と見られていたという事実を忘れるわけにはいかない。

2017年9月25日月曜日

『DECAF “Colombia”』猿田彦珈琲

 ディカフェのコロンビア産コーヒー。
 ディカフェ(Decafe)とは思えないほどおいしい。ふつうにコーヒーの味がする。中深煎りくらい(猿田彦では中煎りと書いてあったけど)で、ミルクチョコレートのような甘くて舌触りのいいコーヒーだ。「スイスウォータープロセス」という水抽出によってカフェインを抜いているのがいいのかもしれない。簡便なディカフェの方法は有機溶媒によるものらしいから。
 今までカフェインレスのコーヒーなんてあまり飲まないできたけれど、そうもいってられなくなってきた。どうもここ半年から1年くらい、カフェインを取り過ぎると具合が悪くなってしまうようになったのだ。コーヒーだけじゃなくて紅茶とか烏龍茶を飲み過ぎてもいけない。年をとったせいなんだろうか。それとも体質が変わったせいなのだろうか。コーヒーの味と香りは今でも大好きなので、これまでのようにたくさん飲めなくなったのは悲しい。

猿田彦珈琲

2017年9月23日土曜日

『さわやかブレンド(2017)』徳光珈琲

 ミディアムロースト。
 やわらかい苦味はあるものの、酸味が主体のやや浅めの焙煎。徳光珈琲のコーヒーはもう何年も前から飲んでいるけれど、このブレンドは意外にも初めてだった。どちらかというと深めの焙煎が好みだったから、なんとなく避けてきたのだろう。酸味主体とはいえ、いやな感じの酸味ではなく、さっぱりした印象がある。少しナッツっぽい中にもフルーティなところもあって、悪くない。浅煎りのコーヒーは深煎りよりも若干少なめの豆を使った方が飲みやすくなるような気がする。

徳光珈琲

2017年9月19日火曜日

『月刊MdN 2017年10月号』

 今回の特集は「絶対フォント感を身につける。{明朝体編}」。例のごとく「絶対フォント感を身につけるためのフォント見本帳2017」が付録小冊子としてついており、「絶対フォント感を身につける。」シリーズとしては3回目となる(前回は2016年11月号)。特集は「明朝体編」となっているが、付録には明朝体だけでなく、ゴシック体、毛筆・硬筆体、デザイン書体なども含めた668書体が掲載されている。
 書体を見るとき、レトロ系、ベーシック系、アップデート系を大まかにカテゴリ分けしたり、さらに築地系か秀英系かを見たりと、基本的なポイントをいろいろと教えてくれる。そういう視点から文庫や雑誌などを眺めてみると、なるほど今まで気にならなかった書体の違いによる雰囲気の差がなんとなく感じられるようになる。これはこの書体だ、という絶対フォント感はもちろんそう簡単には身につけられないけれど、不思議と好きな書体というのができてきて、それだけは見分けられるというレベルにはわりとすぐに達するような気がする。気になるフォントがあったら付録の見本帳で調べてみるという地道な付重ねが、絶対フォント感を生み出していくのだろう。文字好きにはたまらない1.5冊(本編+付録)。

2017年9月17日日曜日

『新世紀』Mike Dawes

 2017年。『Era』マイク・ドーズ。
 基本的にはギター1本で奏でるソロギタースタイルだけれど、ニック・ジョンストン(Nick Johnston)のエレキギター・ソロの入った『Slow Dancing In a Burning Room』(John Mayerのカヴァー)や、ユッカ・バックランド(Jukka Backlund)のエレクトロニック・ピアノ、アナログ・シンセサイザーの入った『Parr & Sway』などの曲もある。後者はゆったりしていながらかわいらしさも共存していて私の好きな曲だ。重ね録りと見せかけて、実はルーパーを使って曲の前半に演奏しながら録音したフレーズを曲の途中から再生させて別パートをその上で演奏するといった面白いこともしている。このルーパーを使った演奏はライブで威力を発揮する。
 パーカッシブでタッピングなども駆使した『Overload』のような、いかにもニュー・エイジという曲もあるけれど、私はスピードがゆったり目で落ち着いた感じの『Scarlet』(Peripheryのカヴァー)や『Fortress』のような曲が好きだ。マイク・ドーズのギターはすごいテクニックが満載なんだけど、それをひけらかすのではなく、彼の音楽に必要な要素として組み込まれている感じがして、嫌みな感じが全然しない。とても好きなギタリストのひとりだ。
 この日本盤には、デビュー・アルバムの『What Just Happened?』(私の記事)収録のライヴ・ヴァージョン2曲も収められており、これもいい。

2017年9月14日木曜日

猿田彦珈琲 恵比寿本店

 東京都内に何店舗かある猿田彦珈琲の恵比寿本店。
 事前にネットで場所を確認していたはずなのに、あるべきところに見つからない。しばらく行ったり来たりして、やっと見つけた。最初に行ったとき目の前にあったのに気づかなかったらしい。だって「猿田彦珈琲」と看板が出ていると思っていたのに、「SARUTAHIKO COFFEE」と書いてあるんだもの。
 わりと有名な珈琲店だという認識だったので大きな店だと思っていたのだけれど、店構えは予想に反してコンパクトでアットホーム 。手作り感いっぱいの二人がけテーブルが5つとカウンターが4席のみ。ゆっくりしたかったので、真夏日にもかかわらずトールサイズの本日のホットコーヒーを頼む。マグカップにたっぷりと入ったコーヒーは、値段も良心的で、飲みやすくておいしい。店内に入ってくるお客さんを眺めていると、半分以上はテイクアウトかコーヒー豆を買っていく。メニューはストレートコーヒーばかりではないので、今度来たときはまた違うものを飲んでみよう。

猿田彦珈琲 恵比寿本店』東京都渋谷区恵比寿1-6-6

2017年9月13日水曜日

『ベルギー 奇想の系譜』Bunkamura ザ・ミュージアム

 2017年7月15日~9月24日。「ボスからマグリット、ヤン・ファーブルまで」。
 幻想的なテーマを写実的な描写で表現してきたベルギーやその周辺地域の画家たちの作品を展示している。16世紀フランドル絵画から19世紀の象徴派、現代のコンテンポラリー・アートまで、非常に幅広い年代にわたる。
 ヒエロニムス・ボスやピーテル・ブリューゲル(父)らの版画は、さして大きくもない画面に、これでもかというくらいの人物や怪物を詰め込んでおり、その情報量の多さに圧倒される。ひとつの作品を30分かけて観ても全然飽きが来ないだろう。それが19世紀以降になってくると、比較的テーマを絞って表現されるようになってくる。ルネ・マグリットやポール・デルヴォーの作品を思い浮かべると、わかりやすいかもしれない。マグリットは鳩の絵で知られる『大家族』が来ていた。他にも有名、無名を問わず多くのアーティストの作品(絵画だけでなく、ブロンズやコラージュもあったので、画家とは書かない)が展示されていたが、その中ではフェリシアン・ロップスの作品が目を惹いた。『娼婦政治家(ポルノクラート)』や『聖アントニウスの誘惑』といった代表作が来ていたのに驚いた。この2つの作品以外もよかった。
 今回の展覧会での作品のように、自由で常識にとらわれない想像力を持って絵を描けたらいいのになと思って会場をあとにした。

Bunkamura ザ・ミュージアム』東京都渋谷区道玄坂2-24-1

2017年9月11日月曜日

『知性の顚覆』橋本 治

 朝日新書。副題「日本人がバカになってしまう構造」。
 知性やばいんじゃね?という話を連載の中でしていたら、知性、顚覆しちゃいましたね、となってこの本は終わる。イギリスのEUからの脱退やトランプ大統領の誕生のことだ。ちょっと前まで「反知性主義」という言葉が流行っていたように感じるけれど、この本はそのことを論じる時に「ヤンキー的なもの」という話題から入る。よく読むと「ヤンキー・イコール・反知性」と言っているわけではないのだが、どうにもいやな感じはする。と思っていたら今度はいきなり阿波踊りの話になり大学闘争の話になり東京山の手の話になりと、ヤンキーと知性とがどうなったのかわからぬままに話はどんどん進んでいく(一応著者なりのヤンキーの定義は途中で出てくるのだが)。最終的には「反知性」とは何か。主義なんてものじゃなくて空気なんじゃないかとかいう話につながっていくわけだけれど、そこに至るまでの道筋はなかなか一筋縄ではいかない。それはあとがきにも書かれているように本人も自覚しているところで、その一筋縄ではいかないところを、読者のみなさん、がんばって考えてみてください。そうすればいわゆる知性というものの全体像が浮かんでくるかもしれませんよ、と言いたいようだ。そんな無責任な、と思わないでもないけれど、本書の中でそのネタは十分仕込んであるということなのだろう。得意の橋本節に踊らされ、私の思考は未だ宙に浮いたままにある。

2017年9月6日水曜日

『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』矢部 宏治

 講談社現代新書。
 日本の上空には米軍に支配されている空間がかなりあり、沖縄などすぐに思いつくところばかりでなく東京上空にもあって、民間機はそこを避けるように飛んでいる。米軍は日本において治外法権を与えられている。自衛隊は米軍の指揮の下で行動する。など、ふつうに何気ない生活を送っている私のような人間からするとにわかには信じられないことが、事実として語られる。しかも多くの証拠をもとに。
 それによると、米軍と日本の間には多くの密約があるらしい。そしてそれらの密約や、日本の官僚と米軍組織からなる日米合同委員会での決定事項は、なんと憲法や条約よりも上位のものとして扱われるらしい。なるほど確かに辻褄は合っているように思える。米軍の隊員が日本で犯罪を犯しても、すぐにアメリカに引き取られてたいした罪に問われなかったり、こんなに国民が反対しているのにオスプレイが飛び回っていたり、アメリカの一般住宅の上空ではあり得ない低空飛行が沖縄で行われていたりしているにもかかわらず、それを止めることのできない日本。そのルーツを戦前にまで遡り、敗戦、憲法制定、朝鮮戦争、安保条約、砂川事件判決、安保関連法案採決という流れの中で捉えていく。
 読んでもよくわからないところはある。密約等が憲法や国際法規よりも上位にあるという異常事態が常態化していて、それを変えることができないのはなぜかだとか、集団的自衛権のこととか。それはともかく、この本に書かれているストーリーは荒唐無稽というわけでもなく十分あり得ることだし、もし本当のことなのだとしたらどうにかしなければならないだろうと思う。この内容が広く日本国中で知られるようになってもなおかつ日本と米軍との関係が変わらないのだとしたら、本書に書かれていることは間違っているのかもしれない。でも本書の内容が正しいかどうか確かめる方法が他にないのだとしたら、やっぱりこのことは「知ってはいけない」のではなく、皆が「知らなければならない」。信じる信じないにかかわらず、試しにページを開いてみるのはどうだろう。

2017年9月3日日曜日

『スプリング・イズ・ヒア』小曽根 真

 1986年に録音された、小曽根にとって初めてのスタンダード・ナンバー・アルバム。小曽根のピアノに、ジョージ・ムラーツ(George Mraz)のベース、ロイ・ヘインズ(Roy Haynes)のドラムスというトリオ構成となっている。
 『Beautiful Love』に始まり『Spring is Here』、『Someday My Prince Will Come』と、よく知られた曲が8曲入っている。どれも軽快なピアノにベース、ドラムスが絶妙に絡まって、安定した演奏を聴かせる。嫌み臭いところがまったくなく、とても聴きやすい。BGMにぴったりなのでここしばらくずっとかけ流していたけれど、なんだかうまくまとまりすぎていてちょっぴり物足りなさは感じる。もうちょっとクセがあった方が好きかも。

2017年9月2日土曜日

『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』北海道立近代美術館

 2017年8月26日~10月15日。
 日本に憧れ、浮世絵からも大きな影響を受けたゴッホと日本との関わりをたどる展覧会。並べられた油絵の数々を前にすると、ゴッホによる力強い筆致と強烈な色彩が目に飛び込んでくる。それらは一見日本とは全然関係ないように思われるのだが、よく観ると平坦な色面構成やはっきりとした輪郭線など、浮世絵の影響が見て取れる。この展覧会では、ゴッホによる人物画、風景画、浮世絵の模写やドローイングの他、歌川広重や葛飾北斎らによる浮世絵、各種書物などの資料が展示されている。ゴッホ自身の作品が思ったより少なかったのは残念だったけれど、それでもこれだけの量のゴッホ作品が北海道に来ることは滅多にないので、それなりに楽しめた。

北海道立近代美術館』札幌市中央区北1条西17丁目

『ポパーとウィトゲンシュタインとのあいだで交わされた世上名高い10分間の大激論の謎』デヴィッド・エドモンズ、ジョン・エーディナウ

 ちくま学芸文庫。二木麻里 訳。
 ウィーン出身でともにユダヤ人の家庭に生まれた二人の哲学者、カール・ポパーとルートヴィヒ・ウィトゲンシュタイン。この二人がただ一度だけ顔を合わせたことがある。1946年10月25日金曜日の夜、ケンブリッジ大学のモラル・サイエンス・クラブの定例会合にゲストとして招かれたポパーの前にはウィトゲンシュタインもいた。「哲学の諸問題はあるか」というテーマでポパーによって始められた公演の直後、ウィトゲンシュタインは真っ赤に焼けた火かき棒を手にして自説を展開し、部屋を出て行ったといわれる。
 このときの状況には不明な点が残っている。ポパーのその後の証言は、その場に居合わせた他の教授、学生たちとの証言と合わないところがある。また、皆の記憶も曖昧になっている。そのときいったいどういうやりとりが二人の間で行われ、実際には何が起きたのか。このことについて、多くの証言、資料を用い、二人の哲学者の生い立ち、時代背景、哲学への向き合い方、思想等をとおして、真実を追い求めていく。
 ポパーが一方的にウィトゲンシュタインのことを敵視していたことは確からしい。哲学の諸問題はあると考えていたポパーに対し、哲学の諸問題はない、あるのはただ謎だけだと考えていたウィトゲンシュタインの思想は相容れない。反証可能性という概念を生み出し科学哲学を前に進めたポパーと、あくまで言語のあり方にこだわり続けたウィトゲンシュタイン。元々ウィトゲンシュタイン・フリークである私にとっては、ウィトゲンシュタインに肩入れしたいところなのだが、はてさて事実はいかに。
 本書はこの10分間の出来事を語るということをテーマにしているけれど、彼ら二人の二重評伝として読んでも面白い。第二次世界大戦時のユダヤ迫害の不合理さ、そしてそれらから彼らがどうやって逃げてきたのか、迫真に迫る記述は興味深い。もちろん、二人のバートランド・ラッセルやウィーン学団との関わりなど、哲学という学問をとおした展開も隅に置けない。この本は文句なしに面白い。ポパーやウィトゲンシュタインのことをある程度知っているのなら、さらに面白く読めるだろう。

2017年8月27日日曜日

古伊太利亜居酒屋 奥芝ール

 スープカリーの「奥芝商店」とイタリア料理の「オリゾンテ」のコラボ店「オクシバール」。ランチは奥芝商店の海老燻製スープ「もくおく」のスープカリー、夜はバル(スープカレーも頂ける)。札幌の駅前通りから、狸小路の1本北側の通りを西に向かうと、信号をひとつ過ぎた先に北側(右側)に見えてくる。
 なんかランチにいいところないかなあとぶらついていたら、こんなところに奥芝が、という感じで見つけて、迷わず入ることにした。古い倉庫をイメージした店内がなんだかお洒落。スープの味は海老燻製スープの「もくおく」だけだけれど、初奥芝だから全然問題なし。メニューを見てみるとふつうのカレーもあったけれど、ここはスープカリー。具がすごくいっぱい入っていて、海老のスープもとてもおいしい。ボリュームがすごかったので、ご飯ふつう盛りなのにかなりお腹いっぱいになった。とても気に入ったので、今度はふつうのカレーも食べてみよう。

古伊太利亜居酒屋 奥芝ール』札幌市中央区南2条西5丁目3-16シモチビル1F

2017年8月26日土曜日

BARISTART COFFEE

 札幌の大通駅を外に出て、4プラとピヴォの間の細い道を西に進んでいくと、4プラ側にレンガと木の組み合わせがお洒落なコーヒースタンドが現れる。「バリスタートコーヒー」だ。店内には4席ほど椅子が置いてあるので中で飲むことももちろんできるけれど、テイクアウトもいいかもしれない。
 待ち合わせまで15分ほど時間が空いたので、ちょっとコーヒーを飲みたくなって立ち寄った。暑かったのでコールド・ブリューのアイスコーヒーを注文。エチオピア・ネキセの水出しで、やや酸味が強めの爽やかでフルーティーなコーヒーだった。水出しコーヒーをカフェとかで飲むと酸化して劣化気味のものを出されることが多いけれど、ここのはそんな変な酸味がまったくなくて、とてもおいしかった。「ネキセ」って面白いコーヒーで、農園の名前でも地域名でもなく、コーヒーの風味や特性からアメリカのナインティ・プラス社がつけた名前なんですよね。だからきっと来年世界的にコーヒーのできが悪くても、「ネキセ」を頼むとやっぱり同じ味がするはず。話が逸れた。
 今回はアイスコーヒーを頼んだけれど、ここの店の一押しはたぶんエスプレッソやカフェラテ。涼しくなったらまた来てみたい。

BARISTART COFFEE』札幌市中央区南1条西4丁目8フリーデン1-4ビル1F

2017年8月20日日曜日

『巌茶白鷄冠(2016)』遊茶

 がんちゃはっけいかん。
 中国の青茶(烏龍茶系のお茶)。一般には「岩茶白鷄冠」と書かれることが多いと思う。武夷岩茶(ぶいがんちゃ)で、そのうちでも特に優れていると言われる4種(武夷四大名欉)のうちのひとつ。青茶といっても見た目が青っぽいものから濃い茶色のものまであるけれど、岩茶は黒っぽい色をしていて発酵度が高い。「白鶏冠」という名前は、若葉が白っぽくて先端だけが赤いとか、茶葉のまわりだけが白くてギザギザしているからとか諸説あるものの、とにかく鳥のトサカのように見えるからという理由でつけられたらしい。どっしりとした甘く深みのある岩韻がたまらなく、中国の悠久とした時の流れに身を置いたようで気持ちがゆったりとしてくる。久しぶりに二胡のアルバムを流して、シトラス系のお香を焚いているのも一役買っているのかもしれないが。ちなみにこのお茶は10年以上も後熟させたビンテージものなのだという。

遊茶』東京都渋谷区神宮前5-8-5

2017年8月19日土曜日

『Overseas』Tommy Flanagan Trio

 1957年、ストックホルムでの録音。トミー・フラナガン(p)、ウィルバー・リトル(b, Wilbur Little)、エルヴィン・ジョーンズ(ds, Elvin Jones)。
 リリカルで流れるようなピアノにバランスよくベースとドラムスが絡まって、いい感じにスウィングしている。肩肘張らない感じで、とても聴きやすい。一応名盤とされているアルバムらしくて、そのせいかなんだか聞いたことのある曲ばかりが入っている。「Relaxin' at Camarillo」、「Chelsea Bridge」、「Eclypso」、「Beat's Up」等々。喫茶店とかでもよくかかっているんだろうな。名脇役として有名なトミー・フラナガンらしく、出しゃばりすぎずトリオとしての完成度を高めてる感じがする。

2017年8月12日土曜日

『Until』Lotte Kestner

 2013年。ロッテ・ケストナー。
 トレスパッサーズ・ウィリアム(Trespassers William)のヴォーカリストだったアンナ・リン・ウィリアムズ(Anna-Lynne Williams)のソロ・プロジェクト。ギターのアルペジオに淡々と歌を重ねていくようなシンプルなアレンジの曲がほとんどを占める。まるで会話の延長のように木訥と語りかけてくる彼女の歌声に、そんなバックの演奏がぴったりはまっている。1日の仕事が終わってネットサーフィンでもしながらゆったりしているときに、部屋のもう一方の片隅でさりげなく弾き語っているのを聴いているみたいで、なんだかほっとする。

2017年8月11日金曜日

『アマルティア・セン講義 経済学と倫理学』アマルティア・セン

 ちくま学芸文庫。徳永澄憲、松本保美、青山治城 訳。
 本書は、アマルティア・センが1986年4月に行ったカリフォルニア大学バークレー校でのロイヤー講義の内容をまとめたものである。
 例えば選択間の内部的整合性だったり自己利益の最大化といったふうに、人間は合理的に行動するものだという主流の経済学の考え方はちょっと違うんじゃないか。そこに倫理学的思考を入れることで、経済学はもっと現実に即したものになるんじゃないか、と著者は考えている。そんな著者の思想を全体的に俯瞰して解説しているのが本書である。
 ただ、私には難しかった。著者が言いたいことが難しいからではなく、専門用語がよくわからなかったからだと思う。実証主義経済学、厚生主義経済学、一般均衡理論、結果主義、功利主義、厚生主義…。これらがなんとなくでもイメージできる程度の素養がなければ、彼のいいたいことを本当に理解するのは困難なのではないか。逆にそれらの基礎的な経済学の素養を持っている人であれば、この本を面白く読めるのではないかと思った。出直してきます。

2017年8月5日土曜日

『第32回北の日本画展』大丸藤井セントラルスカイホールギャラリー

 2017年8月1~6日。1985年に創立した北海道を中心に活動する日本画作家のグループ展。
 実のところ私は日本画とはなんなのかよくわからない。明治期に洋画と区別するために「日本画」という呼称がつけられたらしいということは、ネットを調べてわかった。江戸以前の日本の画家の描いたものは日本画とは呼ばないこともわかった。しかし岩絵の具や和紙を使えば全部日本画と呼んでいいものなのかどうか、私にはよくわからない。日本画ってなんなんだろう。
 とか思いながらこの展覧会を観にいった。具象ばかりでなく抽象画もある。メルヘンチックなのもある。輪郭があるものもあればないものもある。ああ、これって日本っぽいなと思うのももちろん多いけれど、全然そうでないものもある。当然のことながら好きな絵もあればそうでない絵もある。日本画って幅広いなと思った。これらの絵の中では、粉を吹いたような白っぽい絵が気になった。油絵やアクリル画、あるいは水彩画などでもこのような表現は可能なのだろうか。
 今後も日本画を観る機会があれば行ってみようか。

大丸藤井セントラルスカイホールギャラリー』札幌市中央区南1条西3丁目2

2017年8月4日金曜日

『〈象徴形式〉としての遠近法』エルヴィン・パノフスキー

 ちくま学芸文庫。木田元監訳。川戸れい子、上村清雄訳。
 遠近法で絵を描くということはごく当たり前のこととして、なんの疑いもなくそれを受け入れてきた(最近の私の絵は遠近法に従っていないものも多いのはさておき)。でもこの本に書かれているように、言われてみるとギリシャとかルネサンスとかの時代時代において、必ずしも今と同じような平面遠近法を使って絵を描いていたわけでもないし、それが受け入れられていたわけでもない。目で見えるように描くということと遠近法を使って描くということがイコールでつながると当然のように思っていたのだけれど、それはイコールではなかったということは、驚きだった。我々は世界を写真のように見ているつもりでいるけれど、実はそのようには見えていない。また、実際に個人が見ているように空間を構成することは、ものの本質を個に還元してしまっているという理由で、間違っていると考えていた時代もあったということも初めて知った。ギリシャ時代から今にいたるまで、画家や建築家たちが遠近法とどのように向き合い、その遠近法がどのように変遷してきたのか、豊富な例によって真に迫る論考をしている。本書のうち本文は3分の1程度で、あとは注と図版であるが、とても読み甲斐があって面白かった。

2017年7月26日水曜日

『日本語のレトリック』瀬戸 賢一

 岩波ジュニア新書。副題「文章表現の技法」。
 レトリックというと、つい「修辞」のことだと思ってしまうのだけれど、著者によると「レトリックとは、あらゆる話題に対して魅力的なことばで人を説得する技術体系である」らしい。「修辞」よりはもっと広い概念なのだ。といいつつ、この本ではこのレトリックのうち「修辞」に焦点を当てて、30種類のレトリックを解説しているのではあるが。
 山のような本、冷たい人、鍋を沸かす。ふだん何気なく使っている言葉にもレトリックが潜んでいる。もちろん文学作品にも多く使われていて、本書では、古くは平家物語や柿本人麻呂、最近では村上春樹や筒井康隆など多くの作品から例文がとられている。隠喩や直喩など馴染みのものから、緩叙法、撞着法、声喩なんていうあまり聞かないものまである。とはいえどのレトリックもたいていの人なら耳にしたことのある表現ばかりだ。無意識にこんなにたくさんの表現方法に親しんでいたのかと思うとびっくりする。そしてこれらは日本語特有のものではなく、どの言語にも見られるものなのだという。じゃあなぜこんなタイトルなんだと思ってしまうけれど、それはやっぱりこの本は日本語のレトリックについて書かれた本だからなんだろう。ジュニア向けと侮ってはいけない。文章表現はなかなかに奥が深い。

2017年7月22日土曜日

『Luna』Karlijn Langendijk

 2017年。カーレイン・ランゲンデイク。
 ソロギタースタイルのアルバムで、今までデュオとしては出していたことがあるけれど、ソロとしては初めてのアルバム。4曲しか入っていないミニアルバムだけれど、以前から彼女のソロギターを聴いてみたかったので別に構わなかった。全曲ガットギターを使っていると思う。YouTubeで初めて聴いたマイケル・ジャクソン(Michael Jackson)の『Beat It』のカヴァーも入っている。相変わらずグルーヴィーで引き込まれる。1曲目に入っているオリジナル『Triangulum』は、コンテンポラリーながらクラシカルな雰囲気もあって、ちょっと激しめに攻めているな、という感じだった。これら2曲が動を表しているとすると、対極の静を表現しているのがビリー・ジョエル(Billy Joel)の『Lullabye』のカヴァーと、オリジナルの『Luna』の2曲だ。ゆったりとしていて静謐な、とても落ち着いたアレンジになっている。そうやって丁寧に紡ぎ出されたギターの音は、アルバムタイトルそのものである。
 ミニアルバムながら、まったく違う雰囲気の4曲で構成されているので、飽きさせない。ただ、今後はどの方面の音楽を主体に目指して行くのだろう。オリジナルを聴くとクラシック・ギターという感じだけれど、カヴァーはポップ寄りだし。有名なギタリストではないのだけれど、これからも追いかけていきたい。

『Karlijn Langendijk』のホームページ

2017年7月19日水曜日

『規則と意味のパラドックス』飯田 隆

 ちくま学芸文庫。
 「68+57=?」と聞かれると、ふつう「125」と答える。でも彼は言う。「5だ」。「なぜ?」 。「この「+」はプラスではなくクワスだ。クワスとは、「+」の前後にある数字がどちらも57より小さいときは足し算で、それ以外のときは「5」になる関数なのだ」
 わけがわからないと思うだろう。私もそう思う。それなのに彼の言うことに反論しようとすると、いや、これこれこういう理由で5なのだ、と言いくるめられてしまう。相手を論破しようとしてもどうしてもできない。こんなに当たり前のことなのに。
 言葉、記号などの意味やその使い方は、当然わかったうえで使用しているとたいていの人は思っている。だけれど、突き詰めていくと意外とツッコミどころが満載で、言葉の意味って実はなんなんだろうと、よくわからなくなってくる。そんな不思議な規則と意味についての哲学的議論を、本書では主にクリプキによる『ウィトゲンシュタインのパラドックス』という本の内容をひもときながら展開していく。
 なかなかに込み入っていて難しい内容ではあるが、できるだけわかりやすいようにかみ砕かれていて、哲学的思考のめんどくささとおもしろさを同時に味わわせてくれる、刺激的で楽しい哲学入門書である。

2017年7月17日月曜日

『Back & Forth』Antoine Dufour

 2017年。アントゥワン・デュフール。
 2枚組CDとなっているが、どちらのCDにもまったく同じ曲がまったく同じ順番で入っている。1枚が「Acoustic」バージョン、もう1枚が「Electronic」バージョンである。このアルバムが家に届いてパッとジャケットを見たときに、てっきりアコギバージョンとエレキギターバージョンなんだと勘違いしてしまったのだけれど、違った。1枚目がソロギタースタイルのアコースティックギター・バージョンであることは間違いなかったが、もう1枚はコンピューターでバンドスタイルに仕上げた電子音楽バージョンだった。ほとんどの曲はアコギバージョンが先にできているけれど、いくつかは逆のパターンもあるという。そしてタイトルのとおり、両者を行ったり来たりしながら作製していったそうだ。私も彼にならって2枚を行ったり来たりしながら何回も繰り返し聴いている。
 ところがこの2枚のCDはメロディもコードも同じはずなのに、不思議と全然違う曲に聞こえる。雰囲気がまったく違う。メロディといってもメロディアスというよりはアンビエントな感じに寄っているので、曲に対するアプローチが異なると大きな違いが生まれるのかもしれない。アコギバージョンはバッキングの合間にハーモニックスでメロディを入れている曲が多い。対してエレクトトニック・バージョンはしっかり作り込まれていて、2000年以前の電子音楽のような雰囲気がちょっとあって、懐かしさを感じる。どちらも安定していて違った良さがあるけれど、私はアコギバージョンの方が好きです。

2017年7月10日月曜日

『文系人間のための金融工学の本』土方 薫

 日経ビジネス人文庫。副題「デリバティブ裏口入門」。
 デリバティブというとなんだかよくわからないけれど、難しくて危険な商品だ、なんて漠然と思っていた。オプションとかスワップとか、なんだろうかと。
 でもこの本を読んで、はまちスワップの話とかを聞くと、なんとなくでもデリバティブの基本のところがわかったような気がした。どういう目的でそのような商品が作られて、どういう風に設計されているのか。リスキーということが一般市民の間にすり込まれている感があるけれど、意外と合理的な考えのもとに作られた商品なんだということがわかった。後半はマーケットやリスクマネジメントの話もあって、興味深く読めた。
 ただ、文系人間のためであれば、もうちょっと数式とか数学用語とかを丁寧に説明してもらいたかった(素人目にはなんとなく数式が間違っているように感じた箇所もあったので)。丁寧に説明する紙幅がなければいっそのこと載せないとか。全体的にはとてもわかりやすい本だと思うのだけれど。

2017年7月2日日曜日

『async』Ryuichi Sakamoto

 2017年。坂本龍一(私が買ったのは輸入盤なので、タイトルではローマ字になっています)。
 一般には前衛的な部類に入るんだと思うけれど、そのわりには聴きやすい。アンビエントにはカテゴライズしたくない気もするが、そんな感じはある。いろいろな音が重層的に配置されて、いつものスピーカーで聴いているのに、いつも以上に自分の右だったり上だったりいろんなところから音が聞こえてくる。ふつうの人の話し声が、音の配置によっては音楽にもなり得るんだという驚きがある。ちょっと不安げだったり悲しげだったりもする。気軽には聞き流せない、魂に訴えかけてくるようなものを感じる。

2017年6月27日火曜日

『勉強の哲学』千葉 雅也

 文藝春秋。副題「来たるべきバカのために」。
 「深く勉強をするというのは、ノリが悪くなることである」。今まで「ノリでできたバカなことが、いったんできなくな」る。「勉強の目的とは、これまでとは違うバカになること」である。さらにこんな風に言う。思考には、アイロニー=ツッコミとユーモア=ボケとがあり、それらの組み合わせで勉強が進んでいく。そして最終的には「来たるべきバカ」になる、と。
 なんのこっちゃという感じかもしれないが、著者はそのあたりのことをとても丁寧に説明してくれているので、読み進める分にはそれほど苦労はしない。なかなか面白い論点を持っていて、勉強に対するひとつの解釈として、これは「あり」なんじゃないかと思う。
 後半はこれらの論をもとに、実際の勉強はどうやって進めていったらいいかということを指南しているが、この部分は哲学でも何でもなく、ビジネス書みたいになっている。
 全体の話の底流には、ドゥルーズやガタリ、ラカン、ウィトゲンシュタインといった哲学者の思想が流れているのだけれど、あんまり難しく考えないで著者の思考の流れに乗ってみるのがいいと思う。それに賛同できるかどうかは別にして。

2017年6月26日月曜日

『LJ Can't Stop Playing the Beatles!』Laurence Juber

 2017年。ローレンス・ジュバー。
 一時期ウィングス(Wings)のギタリストとしても活躍していたローレンス・ジュバーによるソロギター・アルバム。ビートルズのカヴァーアルバムとしては3枚目となる。
 どれもきれいなアレンジであるが、バンドのノリを感じさせるものも多い。彼がビートルズの曲を気に入っているのが伝わってくる。曲によって、ちょっと置きに行っているなと感じるものもあるけれど、総じていい。それにしても第3弾ともなるのに、まだまだ著名曲がたくさん入っているのに驚く。『Lucy in the Sky with Diamonds』『She Loves You』、『And I Love Her』、『Something』等々。でもあまり知られていないけれど心憎い選曲もある。『And Your Bird Can Sing』や『I'll Follow the Sun』、『Honey Pie』なんか素敵だと思う。ビートルズが好きであれば、BGMにでもどうだろうか。

2017年6月18日日曜日

『精選凍頂烏龍茶(2016)』遊茶

 せいせんとうちょううーろんちゃ。
 台湾の青茶(烏龍茶系のお茶)。焙煎は浅めで、コロッとした丸い形に仕上げている。1870年代に中国から持ち込んだ茶株を凍頂山付近に植えたのが始まりらしい。蘭のような優雅な香りが鼻をくすぐる。味は烏龍茶というよりも緑茶に近い気がする。味はあんまり好みではないかな。

遊茶』東京都渋谷区神宮前5-8-5

2017年6月17日土曜日

『石川由起枝イラスト展「ひろがる世界」』カフェ北都館ギャラリー

 2017年6月14~19日。
 イラストレーターである石川由起枝によるイラスト展。カフェ北都館ギャラリーは札幌市地下鉄琴似駅5番出口から徒歩数分のところにある喫茶店で、店内の壁面に彼女の手によるイラストが額装されて並んでいる。主に不透明水彩(ガッシュ)や色鉛筆を使っており、子供や花などをモチーフにした愛らしくてほんわかしたイラストが多い。お邪魔したときは石川本人も店におり、技法や制作秘話を聴くことができ、楽しい時間を過ごせた。

カフェ北都館ギャラリー』札幌市西区琴似1条3丁目1-14
石川由起枝イラスト展示室』(石川のHP)

『調査統計データのリテラシー超入門』衣袋 宏美

 インプレスR&D。
 本書は、統計データを適切に見ることができるように、また適切に処理することができるように、統計のごく初歩の部分を解説したものである。数式は誤差を見積もるものがひとつ出てくるだけで、あとは特に難しいものはない。主に、アクセス解析によってサイトを分析したり改善案を考えたりするWeb担当者や、リサーチを行うマーケティング担当者に向けて書かれた部分が多い。全部で50ページほどしかなく、あまり中身も濃くないので、さらっと読めてしまう感じ。