2015年12月30日水曜日

ガーベラ

 ガーベラは水揚げがうまくいかなくてすぐに茎がだめになってしまう印象があったのだが、このガーベラはクリスマスに買ったのにまだぴんぴんしている。ピンクがかった紫で、花びらの根本が濃くなっており、ビビットな色合いをしている。水彩で描いてそれを表現してもよかったのだが、なんとなく鉛筆で描きたかった。本当は細密で描くつもりだったが、やはり私はじっくり取り組むのが苦手なようで、途中で断念して素描にとどめた。

2015年12月29日火曜日

『ウクレレ・ソロ・アレンジ入門』KYAS

 ドレミ楽譜出版社。ローリングココナッツ編。副題『コードのつけ方からアドリブの基礎までやさしくステップ・アップ!』
 好きな歌とかかっこいい曲とかをウクレレ・ソロにして弾いてみたいと思ったことのある人はいるだろう。その中には、そうは思ってもどうやったらウクレレ・ソロになるのかわからなくて、諦めてしまっている人もいることだろう。この本は、そんな人たちが自分でアレンジしてウクレレ・ソロを弾けるようになるための第一歩を踏み出すことができるよう、背中を押してくれる本である。
 コードの仕組みや指板上でのコードのつくり方、メロディにコードをつけるやり方とか、イントロ、アウトロを作るコツなどをものすごく親切に解説している。そして、実践編としてハワイアン風、ジャカソロ風、ジャズ風にアレンジしたり、アドリブにチャレンジしたりと、発展させている。
 前半はとてもわかりやすいのだが、後半はちょっと説明を飛ばしている感もあって、急に難易度が上がった印象はある。基本的に入門なので、ほとんど難しいことは言っていないが、逆に難しい説明が必要なところは飛ばしているということなのかもしれない。
 いつもメロディ譜とコードを見ながら適当にやっていたことを、あらためてきちんと基礎づけてくれた感じがする。なかなか一歩を踏み出せない人には、とてもいい本だと思う。

『インドネシア・スマトラ・アチェ・テンガ 』横井珈琲

 Indonesia Sumatra Aceh Tengah。インドネシアのアチェ州タケンゴン地区のコーヒー。インドネシアのスマトラのコーヒーというと、マンデリンが頭に思い浮かぶのだけれど、このコーヒーもそうなのだろうか。今ひとつ自信がない。
 少し苦味が強めのコーヒー。ダークチョコやカヌレを口にしたときのような味を感じる。ふんわりとブルーチーズのような風味もあって、それがいいアクセントになっている。苦味系のコーヒーは久しぶりに飲んだ気がする。最近は酸味系が好きになってきたかも、と思っていたけれど、やっぱり苦味系のコーヒーは好きなようだ。とてもおいしくいただいている。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2015年12月26日土曜日

クリスマスに買ったラナンキュラス

 せっかくのクリスマスだからと、先日ラナンキュラスやバラの入った花束を買った。数年ぶりにクリスマスを祝った気がする。
 スケッチブックに水をたっぷり使って描いたので、紙がベコベコになって絵の具だまりができてしまった。今度からはもっと厚い紙を使うか、水張りをしてから描くかして、何か対策を練らねばならないな。

『Actual relief』Sakanoshita Norimasa

 2009年。坂ノ下典正によるソロギター・アルバム。
 クラシカルな雰囲気も持ちながら、ジャジーな空気をも漂わせ、紡いでいくギターの音。静かに、そして穏やかに部屋の空間を埋めていく。ぽっかりと空いたその隙間を縫い合わせていくように。
 ゆったりと本を読みながら過ごす時間にぴったりの音楽。ただシンプルなだけでなく、味のある素敵なアルバムです。

『超・反知性主義入門』小田嶋 隆

 日経BPマーケティング。
 本書は日経ビジネスオンラインでの連載を編集し直したものだ。そしてこの連載は、反知性主義を意識して書いたものではない。本書でも、反知性主義とは何かについてほとんど説明なく、このコラムを並べている。鯨問題だったり人権問題だったり大学問題だったり、時事ネタを用いた論考が多い。にもかかわらずこれらを読み通してみると、反知性主義がどういう雰囲気を持ったものなのか、おぼろげながらも見えてくる。多くは反知性主義的な言動なり行動を俎上に載せているのだと思って読んでいたのだが、ややこしいことに著者自身が反知性主義と呼ばれることもあるらしく、反知性主義とは何なのか、正確にはよくわからない。それでも、巻末に『反知性主義: アメリカが生んだ「熱病」の正体』(私の記事)を書いた森本あんりとの対談が掲載されており、反知性主義について少し形を与えてくれる。
 著者の書く文章は、私がふだんいろいろな事件や記事を読むにつけて何かいやな感じがするけどうまく言葉にできないという、そんな感覚について、うまく言語化してくれているような気がする。著者の言葉はお世辞にも口がいいとは言えず、ぶっちゃけた話という感じでたたみかけてくるのだが、意外といいところをついているという印象を持つ。もちろんすべての主張に賛同できるわけではないのだけれど。ただ、彼の主張には反感を持つ人も多いのだろうと想像できる。おそらく賛否がかなりはっきりと分かれる。それが著者のいいところでもあり悪いところでもあるのだろう。でも、世の中にはこういう切り口で世界を見る人もいるのだということを教えてくれる点で、おもしろい本だと思う。

2015年12月23日水曜日

『写実絵画とは何か?』安田茂美、松井文恵

 生活の友社。副題『ホキ美術館名作55選で読み解く』。
 千葉市にあるホキ美術館は、世界初の写実絵画専門の美術館である(今はスペインにも同様の美術館がある)。そして、所蔵作品の98パーセントが現代の写実作家なのだという。つまり同美術館は現代日本の写実絵画を代表する美術館と言っていい。本書はその中から選んだ55作品について丁寧に解説することで、写実絵画とは何かを浮かび上がらせようとする本である。
 まるで写真のような、という感覚は誰しも持つだろう。しかしここでの写実絵画は、写真を投影して写真そっくりに描いていくスーパーリアリズムやフォトリアリズムとは一線を画す。その多くは何ヶ月もかけて描いていく主に油絵が中心の絵画である。 確かに写真のようではあるが、それを超えた何ものかがこれらの絵画にはある。レンブラントだってフェルメールだって、当時はそうは言われていなくても、写実絵画を描いていたのだ。それらの絵画が写真とは異なる魅力を持っていることは言わずもがなである。私は決して写実絵画が好きなタイプではないが、本書に載っている絵画の魅力は、観て読んでいると実によく伝わってくる。そしてこの本の特長のひとつは、ほとんどの絵の解説において、それを描いた画家本人の言葉が添えられていることだ。これは所蔵作品の多くを現代作家の作品で占められているからこそできることだ。これらの言葉から、作品に対する思い、写実絵画とは何かについての考え方、製作スタイルや製作背景などを垣間見ることができ、とても興味深い。
 20世紀以降、絵画の主流からは外れてしまった写実絵画ではあるが、それらが現代にも脈々と引き継がれ、今なお発展し続けていることに目を向けさせてくれた一冊である。

『ケニア・カリンガ(2015)』横井珈琲

 Kenya Karinga。ケニアのセントラル州ティカ地区にあるカリンガ生産処理場のコーヒー。なんと500人以上の生産者からコーヒーが持ち込まれるらしい。ケニアは一人あたりのコーヒー生産量がとても少ないのだという。
 最近飲んだコーヒーの中では、かなり酸っぱい部類に入る。柚子のような少し渋みがあって酸っぱいミカンを食べたときみたいな風味。香りはミカンぽくないけど、すっきりとはしている。最近酸味も好きになってきたけれど、ここまで強い酸味じゃなくてもいいなと思う。ただ、シュトーレンと一緒に飲んだときは、絶妙のバランスになって、とてもおいしかった。甘いものと一緒に飲むといいのかも。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2015年12月19日土曜日

『 大野耕太郎「うつわ・器・うつわ」展』紀伊國屋書店札幌本店2Fギャラリー

 2015年12月18日~24日。
 日課みたいになっている土曜日の一人カフェの帰りに、本を見て歩きたくなって紀伊國屋書店に寄ったら、大野耕太郎さんの器展をやっていた。彼は青磁とか白磁の洗練された焼き物を作る人で、私の好きな作家さんのひとりだ。
 波形の大胆な模様の入ったものや、星空を模したようなものなど、相変わらず素敵な器がたくさんあった。
 写真は以前購入したコーヒーカップだが、実はあまりこのカップでコーヒーを飲むことは少ない。私にとってはちょっと繊細で高級なイメージがあるので、普段使いにするには少しもったいないのだ。
 でも今日の展示会では、ふだん使ってもいいような扱いやすそうなコーヒーカップも売られていた。5000円とそう極端には高くないので食指が動きそうになったが、うちの食器棚の残りスペースを考えて我慢した。

『紀伊國屋書店札幌本店2Fギャラリー』札幌市中央区北5条西5-7 sapporo55

『Rise』Andrea Zonn

 2015年。フィドル奏者でありシンガーソングライターでもあるアンドレア・ゾンによる12年ぶりのソロアルバム。
 豪華ミュージシャンをゲストに迎えたとのことであるが、悲しいことに私の知っている人はあまりいなかった。聞いたことがあるのは、 James Taylor、Steve Gadd、Bryan Sutton、Willie Weeksくらいか。
 でもこのアルバムはとても好きです。何か懐かしい感じがする。ソウルっぽいのもあればフォークっぽいのもあり、カーペンターズやノラ・ジョーンズを思い起こさせるのもあり、植村花菜っぽいのもある。どの曲もこなれていて、すーっと胸に入ってくる。澄んだ声でとても聞きやすい。どれもいい曲だと思う(『You Make Me Whole』が特にはまったけれど)。エドウィナ・ヘイズ(Edwina Hayes)を発見したときのような感動(といっては大袈裟だけれど)がある。お気に入りの一枚。

2015年12月16日水曜日

『日本の大和言葉を美しく話す』高橋 こうじ

 東邦出版。副題『こころが通じる和の表現』。
 日本語には大きく分けて、漢語、外来語、大和言葉の三つがあるという。そして大和言葉は日本の風土で生まれた言葉で、心に染みる特性があるのだという。だから使わないのはもったいないので、もっと使ってみてはいかがですか、と著者は言う。
 「チョーおいしい」ではなく「このうえなくおいしい」、「感動した」の代わりに「胸に迫る」「胸を打つ」、「残念ながら」の代わりに「惜しむらくは」など、200を超える言葉について、大和言葉を紹介している。中にはふだんから使っているよというような言葉もあるけれど、「むべなるかな」「目もあや」「手だれ」など、ほとんど使ったことのないような言葉もある。
 大和言葉には、場をやさしく包み込むような温かい雰囲気をもたらす力があるのかもしれない。ふだん忘れかけていた日本語の力を思い出させてくれた。

2015年12月15日火曜日

『コスタリカ・ブルマス・ヴィジャサルチ/ハニー』横井珈琲

 Costa Rica Brumas Del Zurqui Villa Sarchi / Honey Process。コスタリカのブルマス・デル・スルキという小規模生産処理場(マイクロミル)のエル・セントロ農園(El Centro)のコーヒー。ヴィジャサルチは品種名(ブルボン種がこの土地独自に変化した土着品種)。ハニーは、豆の処理方法で、粘液質(ムスラージ)をある程度残して乾燥させる方法。
 チェリーとかイチジクの入ったチョコレートみたいな感じがある。ほんのちょっとの苦味と、口の中でふわーっっと広がる落ち着いた酸味がいい。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2015年12月13日日曜日

『How to Make a Watercolor Paint Itself』Nita Engle

 Watson-Guptill Publications。副題『Experimental Techniques for Achieving Realistic Effects』。
 著者は水彩でリアルな風景を描いている画家(イラストレーター?)。本書では、彼女が風景を描くときにどういうアプローチを取っているのかを、製作途中の図版を示しながら詳しく解説している。
 といっても、ふつうに筆を使って色を混ぜて塗るというようなことについては、ほとんど触れていない。では何を書いているかというと、水や溶かした絵の具の入ったプラスチックのボトルから中身をピューッと画面に流して傾けてみたり、スプレーしてみたり、スタンプの要領でペタペタしてみたり、塩をまいてみたりと、筆じゃなくて水彩絵の具そのものの力をうまく利用して絵を描く方法について書いている。そこで欠かせないのがマスキングという技術だ。彼女はこのマスキングを駆使して、それ以外の部分を自由に水彩の流れに任せて画面を作っていく。
 このやり方を聞いているだけだと本当に絵になるの?という感じかもしれないが、彼女の描く水彩画はとてもリアリスティックだ。空、雲、波、水面、木の枝など、まるでそこにあるようにドラマティックに描き出す。
 デッサンや従来の水彩画の技法は身につけているのを前提として、さらに水彩画の可能性を広げさせてくれるのに役立つ一冊。

2015年12月12日土曜日

『ニセ科学を10倍楽しむ本』山本 弘

 ちくま文庫。
 「科学的なように見せかけているけれど、実はぜんぜん科学的ではないもの」。そんな「ニセ科学」について、どこが科学的ではないのか、ある家族(プラス友達)による会話形式で解説している本。水からの伝言、ゲーム脳、有害食品、血液型性格診断、地震予知、地球滅亡、アポロが月に行っていない説等について、章立てして詳しく書いてある。そしてほかにも、マイナスイオン、ゲルマニウムとトルマリン、ホメオパシーなどについても触れている。どうしてそれがニセ科学と言えるのか、きちんとしたデータと論理によって解説しているので、とてもわかりやすい。
 多くの人は科学を信じていて、だから科学的なように聞こえる説明をされると、ついその事柄のことも信じてしまう。つまりだまされてしまう。この本はどうやったらだまされないでいられるか、その糸口を教えてくれる。「正しい科学知識を身につける」というのはもちろんそうなんだけど、著者はそれを含めて「ニセ科学にひっかからないための10箇条」としてまとめている。すべての分野において正しい科学知識を身につけるなんてどだい無理だから、そういう総合戦略をとるのだろう。ニセ科学の見分け方として、科学は間違えるけれどもニセ科学は間違わない、という言葉はなるほどと思った。
 ただ、ニセ科学をひっさげている人は、科学を出汁にして人をだまそうとしている人ばかりじゃなくて、全然悪気なくニセ科学を科学だと信じて疑っていない人も多いのだろうと思う。「ニセ科学イコール悪」なわけではなく、「ニセ科学イコール間違い」と捉える科学リテラシーが求められているんじゃないかと思った。

『Tussie mussie II ~loves cinema~』押尾コータロー

 2015年。
 タイトルの「タッジー・マッジー」は、「小さな花束」の意味。押尾のカヴァーアルバムにはこのタイトルが使われている。本アルバムはその第2弾ということで、映画音楽をテーマにしている。『風の谷のナウシカ』などはたぶんウクレレを重ねているけれど、基本的にはソロギター・アルバムだ。ただ、以前から言われていることだけれど、彼のギターはとても1本で弾いているとは思えない。『Mission Impossible Theme』なんかはメロディとバッキングの音質まで異なって聞こえるし、本当に1本で弾いてるの?って感じがする。逆に、伴奏なしでメロディだけを奏でるだけの演奏がしばらく続く『The Godfather Medley』はもちろん1本で弾いてるのは明らかなんだけど、メロディだけでここまで音楽的に聴かせてしまうのかと、押尾の技量には恐れ入る。『Melody Fair』や『Ben』のようなかわいい曲もあるし、渋くて枯れた味わいのある『Shape Of My Heart』(「レオン」)や『Calling You』(「バグダッド・カフェ」)みたいな曲もある。『The Last Emperor』では地味ではあるけれどしっかりとしたいい演奏をじっくりと聴かせてくれる。そして、『Stand By Me』の力強いアレンジに対し、ギターの音をとことんきれいに聴かせている『The Never Ending Story』や『Smile』(「モダン・タイムズ」)があるなど、実にバラエティに富んだ選曲と演奏に彩られている。まさにいろいろな花をひとつにまとめて作品にした小さな花束である。

2015年12月5日土曜日

『The Ahmad Jamal Trio』Ahmad Jamal

 1955年の録音。アーマッド・ジャマル(ピアノ)、Ray Crawford (guitar),  Israel Crosby (bass)。ノンドラムのピアノトリオ。
 完全にジャケ買い。フェルメールの『真珠の耳飾りの女(青いターバンの女)』みたいな角度からの瞳に釘付けになってしまった。
 古くさい感じがまったくしない。そして陽気。軽快なピアノに、明るいギターの音。控えめながらもきっちりとサポートするベース。あと、トリオのほかにコンガみたいなリズム楽器が入っているような気がする。そしてこのリズムがまたポップな印象を演出している。このアルバムのピアノは実にのびのびと自由に弾いてる感じがする。こうやって楽しく演奏できたらな、と思った。

2015年12月4日金曜日

『芸術とは何か』千住 博

 祥伝社新書。副題『千住博が答える147の質問』。
 最後の質問は「芸術とは何ですか?」であって、ここに最終的な答えがあるのだけれど、それ以外の146の回答を含めて、芸術とは何かということに対して総体的に答えている。「すぐれた絵画とはどういうものですか?」のように直接的な問いもあるし、「作品の価格は、どのように決まりますか?」のようにちょっと泥臭いものまである。芸術と絵画、日本画、西洋画、古典、現代美術、制作、芸術家、教育、価格、展覧会、ニューヨーク、日本といったさまざまな観点から、「芸術」をあぶり出していく。これら多くの問いに対する答えによって、「芸術」の形が浮かび上がってくる。語り口はやさしいけれど、その内容はときに厳しく、著者の思いに圧倒される。
 著者の芸術に態度はとても真摯で、自分のことを振り返ると、身につまされる。ときには、真面目すぎるよ、と感じるところもある。そこまでしなければいけないのかと思うところもある。だけど、それらは世界を相手にしている彼だからこそ言えることなのだろう。
 内容はすばらしいと思う。興味深い質問ばかりだったし、ハッとさせられて、なるほど、と思う答えも多かった。でも、私のように趣味で細々と絵を描くことを否定されているような感覚になるときもあって、複雑なやるせない気持ちになったりもした。もちろん千住自身はまったくそんな意図を持って芸術を語ったわけではないのであろうが。