2015年4月26日日曜日

『医師と僧侶が語る 死と闘わない生き方』玄侑宗久、土橋重隆

 ディスカヴァー携書。
 数千件の手術を経験してきた土橋は、あるとき手術は成功しているのに癌が治らないということに意識が向き始める。「自分は何をやっているのか?」と。どうも手術で取り除いているのは癌の原因ではない。では癌の原因は何なのか。たとえば生き方とか性格なのではないか。肺癌の患者は病気を怖がる人が多い、胃癌の患者は生真面目な人が多いなどと、癌の部位による違いを本書の中で語っている。癌が治ってしまう人もいるということも、そのような文脈で語られる。そしてそれは、物事を二つに分けて善悪に分けるのはよくないという不二(ふに)の思想につながっていく。「病気は悪いものだ」という考え方をやめる、むやみに病気を治そうとしてはいけない、など。
 ある意味現代医療を否定するという一面がある。現代医療制度の中にいる私からすると、容易にはこれらの話を受け入れられない。でも腑に落ちる部分はある。私自身病気を抱えていて、病気を診断されて何年かの間は、病気そのものの症状だけではなく、精神的にもかなり苦しんだ。それが時間が経ち病気を受け入れ、病気に寄り添って生きるようになってから、大分楽になった。これは不二の思想の実践と言えるのではないか。
 実際のところ、すべて精神論などに行ってしまうのもやり過ぎだし、すべて現代医療の延長で解決できるというのも傲慢なのだろうと思う。本書の対談の内容に納得できたわけではないけれど、今の医療のあり方には問題があり、病気に対する違うアプローチが必要なのではないか、という問題共有はできたように思う。その違うアプローチから病気を治す未来は来るのだろうか。

2015年4月25日土曜日

『Virtuoso #3』Joe Pass

 1977年録音。ジョー・パス。
 ジャズギターのソロアルバム。#1と#2ではカヴァーが多かったけれど、この#3はすべてオリジナル(だと思う。なんか聴いたことのあるようなフレーズもあるけれど)。そして、すべて電気を通してる。
 超絶技巧を駆使して、って感じでは全然なくて、しっかりと音を紡いでいっている印象がある。その点でも#1、#2とは違う。スウィングしているのもあるし、決して音数が少ないというわけでもないけれど、どちらかというと落ち着いた感じのする曲が多い。音の選び方もちょっと違うような気がする。ああ、そう来るんだ、という意外さ。
 静かな大人の夜を演出してくれる。

2015年4月21日火曜日

『これから読む聖書 創世記』橋爪 大三郎

 春秋社。
 本当は旧約聖書を横に置いて、この本と交互に読み進めるのがいい。でも私は新約聖書しか持っていなかったので、この本だけで読んだ。それだけでも十分に楽しめた。
 対象としているのは膨大な聖書の中でも創世記だけである。しかし創世記には、天地創造、楽園追放、カインとアベル、ノアの洪水、バベルの塔、ソドムとゴモラ、イサクの犠牲、ヤコブの物語、ヨセフの物語といった、クリスチャンでなくても聞いたことがあるような有名な話がたくさん載っている。絵画鑑賞が好きな人なら、宗教画というジャンルがあって、これらの話の一場面を表した絵画がたくさん描かれてきたのを知っているだろう。この本は、それらのテーマの裏に隠された物語あるいは意味について、(ひとつの解釈ではあるが)教えてくれる。神と人間の関係を軸にして、聖書の言葉のどこがポイントとなっているのか、物語をどうやって解釈したらいいのかについて、まるで講義メモのような体裁で解説している。
 読んでいて不思議だったことがある。聖書はいくつかのテキストをを切り貼りして作られたことは確からしい。だから中には辻褄が合わなかったり解釈が分かれるところも多いらしい。 なのにどうして聖書はこんなに大多数の人に読まれ、信じられ、また、そこに描かれる「神」が信仰されることになったのだろう。どうしてここに宗教が生まれたのだろう。そんな疑問を持ってしまう私はきっと落ちこぼれの生徒でもあり、非クリスチャンの代表であるのかもしれない(キリスト教だけが旧約聖書を聖典としているわけではないので、こういう言い方は不適切かもしれない。さらにいえば「旧約」聖書と言ってしまっている時点で、私はキリスト教の観点からしか聖書を見ていないということになり、さらに不適切なのかもしれない)。
 それはともかく、聖書はおもしろいと思った(おもしろいと表現するのは不適切かもしれない。ある宗教の聖典について感想を述べるのは実に難しい)。ちょっと聖書の原典に触れたいと思った。そう思わせる解説書である。

2015年4月19日日曜日

『リラ・ブレンド(2015)』横井珈琲

 3~5月の限定コーヒー。「リラ」は「ライラック」のことで、札幌の木にも選定されている。春を過ぎて暖かくなったリラの咲く頃、ときとして寒い日々が訪れることがあるが、そのことを「リラ冷え」と称するのは何かおしゃれな感じがする。これはそんなリラの咲く札幌の春をイメージしたブレンド。横井さんじゃなくてスタッフが考案したブレンドだという。
 アプリコットの風味を少し感じる。ただ、かなり強い特徴的な酸味があり、その酸味の種類が私には苦手なタイプのものなので、このブレンドはあまり好きではない。ちょっと金属っぽいというか、そんな感じの酸味。もう少しやわらかくて苦味と酸味のバランスが取れていた方が好みだなと思った。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2015年4月18日土曜日

『ONE』木村 大

 2014年。
 彼はクラシックギタリストのはずだったから、このアルバムもその延長にあるはず。その予想が見事に裏切られた。前作の『HERO』私の記事)でもクラシック離れした演奏を披露していたから、そう驚くことではないのかもしれない。でもまさかスティール弦も使用するとは。はじめスピーカーから『Blackbird』(ビートルズ)が流れてきた時、クラシックっぽい奥行きを感じさせながらも何か違和感があったので、てっきり波形処理をしているのだと思った。でもそうではなくて、スティールを使っていた。
 もちろんクラシックギターの曲もある。『Nuovo Cinema Paradiso』(ニュー・シネマ・パラダイス)では、ひとつひとつの音をしっかりと紡いで凜として芯のある音色を聴かせていて、静かめながらも木村らしい力強さを持ち合わせた佳曲に仕上がっている。『My Favorite Things』では静から動へのダイナミックな移行が耳を惹く。壊れそうで叙情的な空気感が見事に表現された『Shape Of My Heart』や、フラメンコギタリスト・沖仁との『La Isla Bonita』、『Levanter』なんかもいい。
 スティールを使ったものでは、ニューエイジばりにはじけている『tune』にも驚かされるが、静かに紡いだクラプトンの『Wonderful Tonight』が美しい。後者は特にイントロの出だしのチョーキングが印象的だ。
 そんなアルバムも『When You Wish Upon A Star』(星に願いを)でしめやかに幕を閉じる。もう木村はクラシックギタリストの枠をはみ出してしまったのかもしれない。でもそれは悪いことではなくて、ギターの可能性をたったひとりで大きく広げている試みと言えるのだろう。ギターの音が好きな人は是非。

2015年4月15日水曜日

『作詞力』伊藤 涼

 Rittor Music。副題『ウケル・イケテル・カシカケル』。
 タイトルだけを見るとハウツー本のように見えるけれど、これはハウツー本ではない。作詞にまつわるエッセイだ。でもただのエッセイではない。読者に向けた力強いメッセージがそこかしこにあふれ出ている熱いエッセイだ。
 作詞家に必要な力って何だろうか。作詞家に求められているものって何だろうか。プロの作詞家になるにはどうしたらいいんだろうか。この本では、実際の音楽業界の裏話や、自身の経験を交えながら、そんなことに答えてくれる。ときには厳しいことも書きながらも、基本的には作詞家を目指している(であろう)読者を応援してくれる。背中を押してくれる。それはまるで会社の先輩が新人に対してする、温かいまなざしを伴った熱血指導みたいだ。
 作詞家が音楽業界で占めている位置が生々しく語られる。最初に書いたように、この本を読んでも全然詞を書けるようにはならないけれど、作詞家になるために必要な心構えというか心意気みたいなもの(それを作詞力というのかもしれない)は教えてくれる。たとえ作詞家になる気がないのだとしても、この本は読み物としてもおもしろい。「なんで作詞しないの?」という著者の問いかけに耳を傾けてみてはいかがだろうか。

2015年4月12日日曜日

『小まどから』

 岡真史さんの『ぼくは12歳』という詩集の中に、『小まどから』という詩がある。それを題材に描いてみたのだけれど・・・。
 ちょっと雑すぎるかもしれない。構図も色も着色も。いつもどおり具象画を描いていた方が私には合っているのかもしれない。出てくるのは愚痴ばかり。

2015年4月11日土曜日

『科学ジャーナリストの手法』日本科学技術ジャーナリスト会議編

 化学同人。副題『プロから学ぶ七つの仕事術』。
 新聞やテレビ、雑誌などで科学記事を書いている科学記者あるいは科学ジャーナリスト。彼らがどのように科学に関するネタを記事にしているか、その手法についてまとめている。科学ジャーナリストによる座談会の様子から始まり、資料、情報を集めるコツや文章化の構想、文章作法13箇条、専門家とのつきあい方、科学ジャーナリストに求められる社会的責任など、広い観点から彼らの仕事術を追っていく。取材での注意点などは、ふだん記者をしているわけでもない私からすると新鮮な話題で、読んでいて楽しい。
 実は私はちょっと勘違いしていて、科学ジャーナリストと聞いて、てっきり科学に関する書籍を書いている科学ライターのことだと思っていた。でも本書を読むと、本当は彼らの中心は書籍を書いている人なのではなく、記者たちなのだという印象を持った。 この本のほとんどは彼らが科学記事を書くときにどういう手法を用いているかについて述べている。そういった私の中でのズレはあったけれど、科学ジャーナリストの概要がわかりやすく書かれているのはよかった。科学ジャーナリストになるのに文系理系はあまり関係がなくて、彼らの主要な役割は、社会的問題意識をきちんと持った上で、どのように一般市民に対して科学を伝えるかということにあるのだということがよくわかった。そのときの立ち位置はとても重要で、記事の書き方いかんでは記事の内容がプラスにもマイナスにも取られうるのだ。
 私は科学ジャーナリストではないけれど、ブログやSNSで記事を書くときには、本書に書かれている内容に留意して発信したい。

2015年4月6日月曜日

『wallflower』Diana Krall

 2015年。
 ダイアナ・クラールはもともとはジャズ寄りの人なんだと思うけれど、このアルバムではもうちょっと軽い感じで仕上げている。基本的にカヴァーアルバムで、『California Dreamin'』、『Desperado』、『In My Life』といった往年の名曲を歌い上げている。
 『Wallflower』、『I Can't Tell You Why』、『Sorry Seems To Be The Hardest Word』のような単独で歌っているのもいいけれど、デュエットの曲がとてもいい。マイケル・ブーブレ(Michael Bublé)との『Alone Again』、ブライアン・アダムス(Bryan Adams)との『Feels Like Home』、ジョージー・フェイム(Georgie Fame)との『Yeh Yeh』だ。ああ、今日は何だか久しぶりにブライアン・アダムスを聴いてみたくなった。

『哲学マップ』貫 成人

 ちくま新書。
 携帯版の哲学史みたいな本である。ただふつうの哲学史とちょっと違うのは、哲学の問いを4つのカテゴリーに分けて、少しでも系統立てるように解説している点なのではないかと思う。その4つとは、1.「~とは何か」(プラトン)、2.「わたしとは誰か、なにを知りうるのか」(デカルト)、3.問い1×2、4.「なぜそれを問うのか」(ニーチェ)である。本書にはとても多くの哲学者が登場するが、彼らが今挙げた4つの図式とどういう関係にあるのか関連づけられているので、読者はあまり迷子にはならずにすむ。
 とはいえ「哲学マップ」というタイトルを掲げているわりには、それぞれの哲学的思考の平面的拡がりと位置関係がはっきりとは認識されづらく、私の頭の中には地図は形成されなかった(マップらしき図表はいくつも掲載されてはいるのだが)。また、ひとりの哲学者にさける文章量が少なくならざるを得ないせいか、論理展開が速く唐突感が否めず、正直なところ私にはついていけないところが多かった。つまり私には難しかったということである。
 他の哲学書を読んで感じていた哲学者の思想と、この本で解説している内容にズレを感じるところもかなりあって、たぶんそれは私の理解がおかしかったということなんだと思うのだけれど、そこのところは違和感があった。まだまだ勉強が足りないということなんだろうと思う。これだけの内容を新書に詰め込むのは無理があるとも感じたけれど、今後哲学書を読んでいて迷子になりそうになったら、そのときにもう一度本書を開いてみようかなとは思った。

2015年4月5日日曜日

『マグリット展』国立新美術館

 ルネ・マグリット。2015年3月25日(水)~6月29日(月)。
 マグリットを初めて知ったのは中学の美術の教科書だった。夜空が鳩の形にくり抜かれていて、その鳩は雲の浮かぶ青空の模様になっている。当時、とても斬新で洗練されたイメージを持った。今回もそれと同じかどうかは確かではないけれど、似たような絵が展示されていて、昔が懐かしかった。
 描かれている事物はリアルなのに、絵全体でみると現実ではあり得ない世界が表現されている。それらの絵の一部はだからシュールレアリスムと呼ばれるのだろうけれど、そこだけにはとどまらない一歩突き出たオシャレ感がマグリットの絵にはあるように思う。ドキッとして、ニヤッとして、どうなってるんだ?って思って、あたりまえの日常がほんのひとひねりで不思議な世界に変わってしまうのを目の当たりにする。アイデアを形にするとはよく聞く言葉ではあるけれど、マグリットの頭の中にあったひらめきのようなアイデアがこうして作品になって私の目の前にあるということが、なんだか素敵な出会いのように感じた。

国立新美術館』東京都港区六本木7-22-2

『ルーブル美術館展』国立新美術館

 副題『日常を描く―風俗画にみるヨーロッパ絵画の真髄』。2015年2月21日(土)~6月1日(月)。
 ルーブル美術館にある風俗画の数々を展示した美術展。たぶん目玉はフェルメールの『天文学者』。私もそれを期待していったのだけれど、思っていたよりも色褪せた感じがして、ぼやけた印象だった。人物じゃなくて天球儀にピントが合っているせいか。そのほかにはティツィアーノの『鏡の前の女』だとか、クエンティン・マセイスの『両替商とその妻』、フランソワ・ブーシェの『オダリスク』などの有名な絵が来ていた。
 でも私がうれしかったのはそれらの絵よりもむしろ、オランダ風俗画がかなりの数来ていたことだった。フェルメールの他、ピーテル・デ・ホーホ、ハブリエル・メツー、ヘラルト・ダウ、ヤン・ステーン、テル・ボルフ…。この時代のオランダの風俗画は好きですね。
 意外に引き込まれたのはカミーユ・コローの作品群。コローといえば風景画のイメージなのだけれど、今回来ていたのは『水汲み場のブルターニュの女たち』、『身づくろいをする女性と召使いの黒人女性』、『コローのアトリエ』という3作品で、どれも風景画ではない。これらの作品のどれもが気に入った。色合いはアース系の地味なものなのだけれど、少しマットな感じの筆の跡の質感だとか落ち着き具合がとてもいい。 コローの新しい一面を知った。

国立新美術館』東京都港区六本木7-22-2

第29回(平成27年度)「日本シェーグレン症候群患者の会」総会、講演会

 平成27年4月4日、第一三共株式会社東京支店会議室にて日本シェーグレン症候群患者の会総会及び講演会が開催された。出席予定の会員が130名ほどと、結構盛況だった。膠原病内科、口腔外科、歯科、小児膠原病内科の先生は出席されていたが、眼科の先生がいなかったので、質疑応答のときは膠原病内科の先生が対応していた。
 こんな記事をアップしているくらいなので当然私もその場にいたが、正直なところ体調が悪く、あまり集中もできず、満足なメモも取れなかった。以下は中途半端なそのメモの断片。

・紫外線はシェーグレンの人だけでなくすべての人に悪いので、ケアはきちんとした方がいい。
・耳下腺の腫れは、リンパの浸潤や石の詰まりが考えられる。口腔外科、耳鼻科のどちらでも対応可。
・原因不明の神経障害にシェーグレンの人が多いと帝京大学の先生が言っている。
・骨粗鬆症の薬としても知られるボナロン(ビスホスホネート製剤)は顎骨壊死を引き起こす可能性があるので、歯科に行く時はその薬を使っていることを医者に話した方がいい。
・小児のシェーグレン症候群は、小児の膠原病の中で、3、4番目に多い。
・小児のシェーグレン症候群は乾燥自覚症状がないことがほとんど。
・洗口液は基本的に原液で使い、そのあと口はゆすがない。
・コップの中に氷を入れて枕元に置きましょう。
・リウマチの治療は、はじめ痛みを取る治療だったのが、その後関節破壊進行を止める治療になり、この頃では寛解を目指す治療に変わってきた。
・早期RA患者ほど生物学的製剤がよく効く。
・免疫抑制剤のミゾリビンは、乾燥症状が有意によくなっている。
・リツキシマブなどの生物学的製剤も有意によくなるものがある。
・シェーグレンは見逃されやすい病気。
・早期発見は重要。
等々。

 その他、出席者には『目で見るシェーグレン症候群(2014年改訂版)』が配られた。雑な記事でしたが、参考までに。