2012年9月30日日曜日

『生物多様性を考える』池田 清彦

 中公選書。
 何年も前から生物多様性のことが今ひとつぴんとこない。それで以前『生物多様性100問』(木楽社)なんて本を読んだりもしたのだけれど(私の記事)、やっぱり腑に落ちない。その後ずっとうっちゃっていたのだが、本書を店先で見つけ、池田の書いている本なら、と思って読むことにした。
 なぜ生物多様性のことがわからないのか、やっとわかったような気がする。そもそも昔使われていたほぼ等価な言葉は生物学的多様性(Biological Diversity)であり、1986年に生態学者のウォルター・G・ローゼン(Walter G. Rosen)がBiodiversity(生物多様性)という用語を提唱したのが始まりらしい。「logicalを抜いて」と池田が皮肉を込めていうように、「生物多様性」という言葉はある意味プロパガンダのようなものだったらしい。つまり厳密に定義できる代物ではないという。どうりで人によってこの言葉の使い方が変わるわけである。
 そこのところを押さえた上で、生物多様性について考えたのが本書である。ふつう生物多様性は、種多様性、遺伝的多様性、生態系多様性の3つのカテゴリーに分けられるとされる。著者は種に対する深い洞察が大切だと考えており、この部分の説明に多くをさいている。種とは何か、という根本的なところから考察しており、いくぶん専門的なところもある(恐ろしい数の種名が出てくる)。ネオダーウィニズムには批判的で、このあたりの事情を知るのもおもしろい。
 この本を読むと、3つの多様性が何を指すのかがよくわかる。しかし同時に、この3つの多様性の保全を考えたとき、いろいろな矛盾が生じてきたり、そもそもこれらの保全が可能かどうか、よいことかどうか、ということも一概にはいえないこともわかってくる。もちろん著者としての考えはきちんと本書の中で述べられてはいる。人類の福祉に反しないように、というのはひとつのキーワードであろう。生物多様性が大事だということに関しては、著者も他の論者も変わらないのである。ところが生物多様性という言葉はあまりにも多面的なので、ある一面だけを見て論じるとゆがんだ原理主義に陥りかねない。そこのところを見誤らないように、という強いメッセージを感じた。

2012年9月29日土曜日

『sophie milman』Sophie Milman

 2006年。ソフィー・ミルマン。カナダ出身のジャズヴォーカリスト。
 これは自身の名を冠したデビューアルバムである。彼女のアルバムは2枚持っていて、これまでにもこのブログで取り上げたのだが(『Take Love Easy』『In The Moonlight』)、改めてデビューの頃の歌を聴きたくて購入した。
 やっぱり好きですね。最近よりもさらっと歌っているような感じはする。低くて太い声というものはあまり前面に押し出されていない。でもどっしりとしていてちょっとハスキーがかった声は今も昔も変わらずにいい。このアルバムはスタンダードとコンテンポラリーを取り混ぜて構成されており、ソフィー・ミルマンってこんな歌を歌うんだよ、というお披露目みたいなアルバムだと感じた。そしてそれは成功しているのだろう。こんなに魅力的なのだから。
 『櫻珈琲煎房』(私の記事) のサッポロファクトリー店にたまに行くと、いつもジャズヴォーカル作品が店内を流れている。本を読むにはヴォーカルがない方がいいんだけど、と思いながら過ごしていたものだが、今ではそんな音楽を楽しみながら過ごせるようになった。そういう心境の変化は、ソフィーを聴くようになった時期と重なる。不思議なものだ。趣味が広がるのは何がきっかけになるかわからない。

2012年9月23日日曜日

『グァテマラ・ラ・ブレア2012』横井珈琲

 Guatemala La Brea。
 口当たりがやわらかくて飲みやすい。苦みも酸味もあまり強くなく、中性的な感じ。後味に少しキャラメルのような余韻が残る。かすかな柑橘系の香り。個人的にはもう少し主張があったほうがいいな、と思う。
 試しにいつもの1.5倍の豆を使って淹れてみた。これが意外にいい。ボディに力強さが出てきて、輪郭がはっきりしてきた。普通の濃さのときよりも酸味が増す感じがする。口当たりの柔らかさはなくなってしまったのが惜しい。好みにもよるが、たぶん通常の豆の量よりやや多めの豆を使うくらいがちょうどいいのであろう。1.5倍は多すぎる。
 新しい豆を買ってきたら、抽出温度とか豆の量とかを調整して好みの味に近くなるような淹れ方を探してしまう。それが正しいやり方かどうかはわからない。いつも同じ条件で淹れないと、個々の豆の特徴がわからなくなって比較できない、という人もいるかもしれない。でもせっかくの出費なんだからおいしく飲みたいじゃないですか。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2012年9月22日土曜日

『JUNIOR』Kaki King

 2010年。カーキ・キング。5作目のアルバム。
 ものすごくロックなアルバムになっている。これまではなかった。といってもバリバリにロックしてる曲は半分弱。『The Betrayer』、『Spit It Back In My Mouth』、『Falling Day』、『Hallucinations From My Poisonous German Streets』、『Death Head』くらいなものだ。でもこれらの印象がそのままこのアルバムの雰囲気を決めている。本人のヴォーカルの入った曲も多い。3作目の『Until We Felt Red』 あたりからヴォーカル作品がちらほら見られるようになったが、今回のようにギターよりもヴォーカルが中心となったアルバムは初めてだ。カーキ・キングといえば愛器のオヴェーションを手にして超絶ギターを弾きまくるイメージがあるが、このアルバムではそんなイメージを封印して、インストルメンタルであっても技巧を前面に押し出すようなことはしていない。
 カーキ・キングの声はちょっと幼い。歌も決してうまくはない。でも『The Betrayer』なんて結構はまっていると思うし、どう聴いてもカーディガンズ(The Cardigans)にしか聞こえない『Communist Friends』でも声は合っていると思う。スキャットみたいに入れている『Sunnyside』なんかは以前から試みているヴォーカルの手法だ。日本盤ボーナストラックである『 I've Enjoyed As Much As I Can Stand』は私好みの曲。ただ、やっぱりギターの音のほうが圧倒的に魅力的ではあるのですが。

 このアルバムには付録のDVDがついていて、これがすごくいい。「Live in Concert from the Berkeley Sessions in Toronto」から8曲、40分ほどのライブビデオが収められているほか、6曲分のミュージックビデオが収録されている。ヴォーカル曲はまったくなくて、今アルバムからの曲もまったく入っていない。このDVDを手に入れるためにこのアルバムと同じ値段を出してもいいと思えるくらい、本当にいい。特にライブ映像が最高です。

2012年9月21日金曜日

『サウンドとオーディオ技術の基礎知識』坂本 真一、蘆原 郁

 リットーミュージック。「音楽が10倍楽しくなる!」と書いてある。
 著者は音の専門家である。しかしミュージシャンでもレコーディングエンジニアでもミキシング/マスタリングエンジニアでもない。浮き足だった話はしない。徹底して事実に即した科学的な説明をする。
 音とは何か、人の聴覚はどうなっているのか、レコードやテープレコーダーといったアナログのオーディオ技術の仕組みと歴史、デジタルオーディオの仕組み、そしてそれらの応用として、リスニングルームの科学、自宅録音派のための音響学まで。
 サウンドとオーディオというと、ついオーディオ機器の方ばかりに目が行きがちだけれど、実は耳はそれと同じくらい重要だという見逃しがちな事実を教えてくれる。そしてこの本は、基礎をきちんと教えてくれているのがいい。対数や三角関数が出てくるので数学や物理の嫌いな人にはつらいかもしれないが、私は逆にそこの部分を隠さずに解説してくれるのがうれしい。これがあるのとないのとでは、納得の度合いが違う。今まで雰囲気でしかわからなかったことが、確かな知識になる。
 おもしろい豆知識にも事欠かない。レコードの始めの方の曲と終わりの方の曲とでは音質が違うことなんて知らなかったし、部屋でひとりで音楽を聴いているときと4、5人の友達と一緒に聴いているときでは音の聞こえ方が違うなんて、考えたこともなかった。
 サウンドとオーディオについてきちんと知りたい人には、きっと役に立つだろう。

2012年9月16日日曜日

『Pascoe's Woodland FOP Supreme 2011』LUPICIA

 パスコウズウッドランド・シュープリーム。南インドのニルギリ(NILGIRI)のお茶。ニルギリとは現地語で「青い山」という意味。どうでもいいか。
 強い甘みがあって、味がしっかりしている。渋みはあまりない。舌を包み込んだときの感じがすごくいい。ニルギリはやっぱりおいしい。好きなお茶です。値段も比較的安いので、普段使いとしては最高ですね。

LUPICIA

『動きが心をつくる』春木 豊

 講談社現代新書。副題「身体心理学への招待」。
 昨今の脳ブームで脳がわかれば心もすべてわかる、というような風潮があるけれど、身体や身体の動きこそが心を生んだのではないか。そう著者は述べる。心が大脳の働きによるのは間違いではないが、周辺環境が変化したときにそれに適応するための行動(動き)がまず生じ、その動きによって大脳が発達してきたのではないか、と考えるのである。
 例としてウィリアム・ジェームズの説をあげている。ある事柄が起きたとき、まず心の動きがあってそのあとに身体の変化が起きるのではなく、まず身体の変化が起き、それによって心(情動)が生まれるというのだ。悲しいから泣くのではなくて、泣くから悲しいというわけである。
 しかし著者はすべての心がこのように生じるといっているのではない。動きと心の関係を3つに分けている。口に食物を入れたときに唾液が出る反応のように意志とは関係のないレスポンデント反応。字を書こうという意志によって筋肉が鉛筆を動かすというような意志的なオペラント反応。そしてこれら2つの反応のどちらもできるレスペラント反応である。たとえば寝ているときにする無意志的な呼吸はレスポンデント反応であるが、ラジオ体操の時の深呼吸は同じ呼吸でも意志的なオペラント反応であり、呼吸とは両者をあわせもつレスペラント反応だというわけだ。著者はこのレスペラント反応を重要視しており、この反応として、呼吸、筋反応、表情、発声、姿勢、歩行、対人空間、対人接触について詳説している。
 レスペラント反応が重要だと考える根拠は明確には本書に記されていないと感じたが、おそらくこのことは自明であると著者は考えているのだろう。というのも、この反応はまさに「動きが心をつくる」ことを説明しているものだからだ。下を向いてばかりいると鬱っぽい気分になったり、元気いっぱいに歩いていると心も向上してくるというのは、誰もが経験していることなのではないだろうか。
 心の問題を扱うのは難しいと感じる。本書でも前半部分は科学的な説明がなされていたりするが、後半になると観念的な説明に終始している。おそらく「動きが心をつくる」のは本当のことだと思われるが、まだ理論が実践に追いついていない印象を受ける。最終的には、動き(行動)によって大脳がどのように発達していくのかを説明できるようになるといいのであろう。また、動き(行動)自体が大脳系を経ないで直接心を形成するということもあり得ないことではないのだと思う。そこまでの道のりは決して平坦ではないだろうが、それらの解明を待ちたい。

2012年9月15日土曜日

『10 Great Songs』Willie Nelson

 2012年。ウィリー・ネルソン。
 このアルバムにはライナーノーツもないし、ネット上の情報も驚くほど少ない。だからどういうコンセプトのアルバムなのか実はよくわからない。セルフカバーなのかな。ベスト盤?リマスター盤?1961年から2001年にリリースされた曲から10曲選ばれている。ウィリーはカントリーの大御所として知られているから、これらの曲もカントリーなのだろうか。ゆったりとしたバラードが多く、フランク・シナトラとか加山雄三とかが歌っていそうな歌がそろっている。まさに「渚」という言葉がぴったり合うような。この手の曲を好んで聴いたことが今までなかったのである意味新鮮だけど、なんか生まれる前の曲を聴いているような錯覚におちいってしまう。

2012年9月11日火曜日

『シェーグレンの会かわら版No.4』

 『シェーグレンの会かわら版』の2012年夏・秋号が届いた。「シェーグレンの会」ホームページの左メニューの「かわら版」にそのうち掲載されると思う。2012年9月11日時点ではまだアップされていない。
 正直なところ特筆すべき記事はなかったのだが、二つだけ紹介。
 シェーグレン症候群は涙腺、唾液腺などの外分泌腺が主な罹患臓器であるが、実際には自己免疫によって起こる全身性の病気だから、外分泌腺以外にも内臓病変が起こりうる。だからシェーグレン症候群という診断を受けたら、外分泌腺以外の内臓病変や膠原病がないか調べたほうがいいですよ、というもの。確かにそのとおりで、私もその例外ではない。
 もうひとつが、以前このブログでも紹介した『シェーグレンと共に vol.2 患者篇』私の記事)のこと。どうもあまり売れていないようで、千部まで行かないくらいだという。ちょっと残念な気がする。この病気の診断を受けた人はおそらく10万人ほど。この10分の1くらいの人には読んでもらいたい。というか、シェーグレン症候群の人とその周囲の人にはぜひ読んでもらいたい本だ。この病気を理解する(あるいは受け入れる)一助となってくれるはずだ。

2012年9月9日日曜日

『Half & Half』住出 勝則

 2012年。住出の名前は、横文字では「Masa Sumidé」と表記される。ソロ・ギターアルバムで、静かなバラードが7曲、激しいアップテンポな曲が7曲。それがちょうど半分半分だから『ハーフ&ハーフ』。
 私の中では、彼はうるさいくらいの激しい曲を弾く人というイメージがあった。だから私向きじゃないな、ということで10年以上前にアルバムを1回買っただけで、それ以降は購入したことがなかった。ここに来てもう一度聴いてみる気になったのは、このアルバムの半分がバラードだからである。あらためて彼のギターを聴いて思うのは、演奏が安定していてうまいということだ。静かなものもそうでないものも。そしてバラードを聴きたくて買ったくせに、好きな曲がアップテンポなものにも多いのが意外であった。たとえばちょっとファンキーな4『Chasing The Sun』とかブルージーな7『Cool Drive』とか結構いい。同じくブルージーだけれど静かめの6『Something Blue』も好きですね。トミー・エマニュエル(Tommy Emmanuel)を思わせる11『Holiday』、12『Close Is Enough』もいい。
 ちょっとほかのアルバムも聴いてみたくなった。

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2012年9月2日日曜日

『「認められたい」の正体』山竹 伸二

 講談社現代新書。副題「承認不安の時代」。
 「認められたい」というおそらくほとんどの人が持っている欲望、承認欲望。著者はこの欲望に係る承認を三つの類型に分ける。家族や恋人、親友から受ける、無条件にその人であることだけで認めてもらえる「親和的承認」。同僚や同級生などの一定のグループから認められる「集団的承認」。そしてもっと広い社会的関係にある他者一般から受ける「一般的承認」。この三つの類型が互いに補い合いながら承認欲望が満たされていくわけだが、これがなくなると生きる意味さえなくしてしまいかねない状態におちいる。そのために「空虚な承認ゲーム」をくり返す人々も出てくる。しかしこの承認ゲームは本当に認め合っているわけではなく、単に場の空気に合わせているだけだという。ではそうならないためにはどうしたらよいのか。それには「一般的他者の視点」が重要だと著者は説く。
 フッサールの現象学、フロイトの心理学などを交え、実際の場面を例示しながら承認欲望の正体を解き明かし、最終的には承認不安からの脱却を目指す。その肝となる視点が「一般的他者の視点」である。著者はそこに希望を見いだしているものの、私はまさにその部分に不安を覚えた。相対主義が幅をきかせているこの世の中で、「一般的他者の視点」は規準たりうるのかどうか。
 今までどうしても好きになれなかったフロイトに対する理解が実は誤解だったかもしれないことを教えられたり、家では反抗的な保育園児が外ではいい子である理由についての考察など、なるほどと思うことがたくさんあった。自由と承認欲望との関係についての考察も深い。しかし全体的に議論がちょっと雑に感じた。この内容であれば、本の分量を多くして、もっとしっかりと論じた方がよかったと思う。

2012年9月1日土曜日

『Write It on Your Skin』Newton Faulkner

 2012年。ニュートン・フォークナー。3作目のアルバム。
 基本的にこれまでのアルバムの延長線上にある。6『Longshot』のような古城を思わせる今までにない作りの楽曲も入っているけれど。
 かっこいい。声がいい。曲がいい。ギターがいい。私の好みにぴったり合っている。ちょっとフォーキーな9『Against the Grain』のギターの音はたまらない。5『Pick Up Your Broken Heart』、8『In the Morning』はゆったりとした曲だけど、あとはアップテンポでポップなものが多い。こういうアップテンポな曲のほうが彼らしいかもしれないけれど、どのタイプの曲も大好き。
 実は新しいアルバムが出るたびにドキドキしている。今までの曲は好きだったけれど今回たいしたことがなかったらどうしよう、と。でもいつもそんな心配は杞憂に終わる。