2012年12月30日日曜日

『ふしぎなキリスト教』橋爪大三郎×大澤真幸

 講談社現代新書。
 二人の対談形式で話が進んでいく。大澤が質問を含めた司会進行を担当している。「一神教を理解する」「イエス・キリストとは何か」「いかに「西洋」をつくったか」の3部構成になっていて、全体としてキリスト教入門といった体をなしている。歴史を紐解きながら、ユダヤ教、イスラム教、仏教、儒教、神道などとくらべたキリスト教の特殊性を語り、自然科学や資本主義が生まれる背景をキリスト教と絡めながら解いていく。キリスト教が西洋社会を形作る上で大きな役割を担っていることがよくわかる。
 わかりやすい。科学を信じるから奇蹟を信じる。宗教法がないから自由に法律を作れる。キリスト教と関係のないと思われるところまでキリスト教の精神は及んでいる。など、明快な答えを出してくれている。入門者にはありがたい。
 とはいえこんな理解で本当にいいんだろうか、という疑問もわいてくる。根拠はないのだが、単純化しすぎているような気がする。ネット上の違う評者の感想を読むと、著者の事実誤認もあるようだ。ただしキリスト教に対する著者の事実誤認が、著者のキリスト教に対する理解不足に結びついているかどうかはわからない。だからこの本はこの本で、ある程度正しい理解に基づいているのかもしれない。
 どうも私の感想は歯切れが悪い。実のところ微妙な読後感なのだ。キリスト教に対してよくわからない私にとって、この宗教に対する新たな見方を提示してくれる反面、内容にイラッとすることが多かったのも事実なのだ。キリスト教軽視(あるいは蔑視)ともとれるような発言が目につく。特に大澤がひどい。個人的には友人のクリスチャンには読ませたくない本だが、新書大賞2012の第1位をとったほどだから、クリスチャンでも読んでる人は結構いるのだと思う。評価は割れるのではないか。

2012年12月29日土曜日

『神的遊戲』張懸

 2012年。『games we play』チャン・シュエン。
 雑居ビルのならぶうらびれた狭い路地に夕焼けが差し込み、これから夜の闇が訪れるというそんな瞬間を切り取ったような頽廃的なイメージ。このアルバム全体を覆うこんな印象を決めているのは初めの3曲、『玫瑰色的你』、『瘋狂的陽光』、『藍天白雲』の影響が大きいのだろうと思う。彼女の気取らない自然な声にピアノとギターの音が効果的に響く。
 それでもアルバムの後半の3曲はいくぶん明るさを取り戻し、『我想你要走了』 なんかは穏やかながらもクールで、好きな曲だ。力強さを感じさせる『艶火』もいい。そして最後の『日子』ではギターの弾き語りで締めくくる。
 中国語はわからないが(台湾の人です)、初めて彼女の歌声を聴いてから、ずっととりつかれたままでいる。そういえばこのアルバムももう4枚目。

2012年12月24日月曜日

『Mim FTGFOP1 2012-DJ18』LUPICIA

 ミム。
 インド・ダージリンの北西、ダージリン・イーストにあるミム茶園の春摘み紅茶。香りがさわやかで春っぽい。若さを感じる。味は意外とどっしりとしている。少し渋みが残る。もっとも、これは煎れ方のせいかもしれない。このお茶の茶葉はほかのものよりも小さめだ。それでついポットに入れる茶葉の量が適量よりも多めになってしまってるんだと思う。もう何度も飲んでいるのに、毎回同じ失敗をしてしまう。本来ならきちんと煎れられるようになってから記事にすべきだと思うのだが、あと少ししか残っていないので、あわてて書いている。今度は気をつけよう。

LUPICIA

2012年12月23日日曜日

『語りえぬものを語る』野矢 茂樹

 講談社。
 「語りえぬものについては、沈黙せねばならない。」とは、ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』の最後の命題である。ただ示されうる。これに対して野矢は「語りえぬものを語る」というのだから、手に取らないわけにはいかない。野矢は『論理哲学論考』の呪縛から抜け出ようとしている。ウィトゲンシュタインがその後『哲学探究』で行ったように。
 この本はある雑誌に掲載された26編の連載と、それに対する74編のコラム風の註からなっている。内容は、相対主義の話、相貌論の話、懐疑論について、私的言語について、隠喩について、自由と決定論について、というように多岐にわたっている。でも一貫して、相対主義者としての野矢の姿が全編にわたって立ち現れているように感じる。「絶対」は絶対にない、という相対主義者の発言をどのように解釈したらよいのかについての議論(相対主義者が「絶対」という言葉を使ったらおかしいんじゃないの?という指摘についての反論とか)など、素朴に楽しい。その中で「相対主義は語りえない」などと書かれていたりするものだから、本書のタイトルとの整合性に疑問符をつけたくなったりもするけれど、野矢の真意はたぶんそんなところにはないのであろう。そこを読み解くのは意外と難儀だったりするのだけれど。
 これまでなされてきた多くの哲学論議と違って、野矢は突飛な結論には飛びつかない。あくまで現実に寄り添って、日常感覚と齟齬を来さないように丁寧に議論を進めていく。そのためかどうかはわからないけれど、ズバッという爽快さはなく、何か曖昧模糊とした煙の中で雲をもつかむような歯切れのなさを感じないでもない。たぶん相貌論なんかはその最たるものだろう。でもそれは野矢の良心なんだと思う。一般の人が感じているように世界を見る。そしてそのように世界を解釈する。その姿勢に好感を持つ。
 難しいところは結構あるけれど、取り上げているテーマはおもしろいし、語られる言葉もやさしい(内容がやさしいわけではない)。「猫は後悔するか」「思考不可能なものは考えられないか」「そんなにたくさんは考えられない」「私にしか理解できない言葉」「うまく言い表せない」「科学は世界を語り尽くせない」といった興味深い章が並んでいる。私は十分楽しめた。ただ、核心を言い得ているか微妙なところに物足りなさを感じる人はいると思う。好き好きだけれど、私はいいと思う。

2012年12月19日水曜日

『Live in Paris』Diana Krall

 2002年。ダイアナ・クラール。パリでのライブ録音。
 ダイアナのアルバムは『The Very Best of Diana Krall』 (私の記事)しか持っていなくて、BGMとしていいな、くらいの感想しか持っていなかった。でもこのジャズライブはいい。彼女のいい具合に力の抜けた歌声と、同じく彼女の弾く洗練されたピアノと、アンソニー・ウィルソン(Anthony Wilson)のギターとジェフ・ハミルトン(Jeff Hamilton)のドラムスというシンプルな構成。
 アルバムの始まりは、軽快なリズムに乗ってダイアナの声が駆け巡る『I Love Being Here With You』。そしてクリスマスっぽい『Let's Fall in Love』やボサノヴァ調の『The Look of Love』などに続いていく。『'S Wonderful』、『Fly Me to the Moon』、『Just the Way You Are』(Billy Joelですね)なんていう有名どころもある。でも私が一番好きだったのは、静かなバラード『A Case of You』でした。
 ベストアルバムよりもこっちの方が気に入った。

2012年12月17日月曜日

『気ままにアートめぐりー印象派、エコール・ド・パリと20世紀美術』ブリヂストン美術館

 2012年10月26日~12月24日。ブリヂストン美術館所蔵のコレクションからの展覧会。一部にエジプト、ギリシャなどの古代美術も展示されているが、基本的には印象派以降の美術を集めている。その中には日本の近代美術や戦後の抽象絵画なども含まれていて、展示物の幅はかなり広い。こんなにたくさんのコレクションがこの美術館にあるんだ、と正直驚いた。何しろお邪魔したのは初めてだったから。
 この雑多な作品群の概要をここで紹介するのは私の手に余るのであきらめて、ここではこの中で特に気に入った作品を列挙するだけにとどめたい。このリストから展覧会の雰囲気をつかんでもらえたら、うれしい。

・シスレー(Alfred Sisley)『サン=マメス六月の朝』:少し雑に感じないでもないけれど、いかにも印象派といった感じなのがよい。
・マネ(Edouard Manet)『自画像』:ささっと描いたように見えるが、なかなか味がある。
・モネ(Claude Monet)『睡蓮』:鉄板ですね。
・カイユボット(Gustave Caillebotte)『ピアノを弾く若い男』:特有のなめらかな質感がいい。
・ルドン(Odilon Redon)『神秘の語らい』:ルドンって色が素敵。
・ルオー(Georges Rouault)『郊外のキリスト』、『ピエロ』:黒の使い方がうまいと思う。画面から飛び出てきそうな立体感がある。敬虔なキリスト教徒であるのがよく伝わってくる。
・安井曾太郎『風景』:淡い感じ。
・モディリアーニ(Amedeo Modigliani)『若い農夫』:この人の描く人物はいつも私の思いの及ばぬことを考えている。
・藤田嗣治『猫のいる生物』:野菜などが転がったテーブルの端からひょうきんな猫が顔を出している。こんなユーモアのある絵も描くんだ。
・佐伯祐三『テラスの広告』:画面にあふれんばかりの踊り狂った文字がいい。黒もいい。
・ピカソ(Pablo Picasso)『ブルゴーニュのマール瓶、グラス、新聞紙』:キュビスム作品。キュビスムの造形には無条件で惹かれる。
・ピカソ『腕を組んですわるサルタンバンク』:新古典主義時代の作品。ギリシャ彫刻のような主人公が魅力的。
・ジャコメッティ(Alberto Giacometti)『ディエゴの胸像』:彼らしい細く平べったい顔。人物の本質に迫ろうとして削って削ってをくり返してこうなってしまうらしい。あり得ない造形なのに、実に人間らしい。
・ザオ・ウーキー(ZAO Wou-Ki)『21.Sep.50』:薄い土色の淡い感じが好き。
・ザオ・ウーキー『07.06.85』: 上部の青と下部の白の対比がいい。それぞれの色にはまるで生き物のような質感があって、何ともいえない。

 ほかにもいい作品はいっぱいあったけれど、個人的にはこんなのがよかった。近代絵画の好きな人にはお薦め。

ブリヂストン美術館』東京都中央区京橋1-10-1(地図)

2012年12月16日日曜日

『シャルダン展ー静寂の巨匠』三菱一号館美術館

 2012年9月8日~2013年1月6日。Jean Simeon Chardin。
 日本で初めて開かれたシャルダン(1699-1779)の個展。教科書的なものに載っているシャルダンは自画像が多いと思われるが、実際には静物画と風俗画を多く描いた。若い頃と晩年は静物画、その間は風俗画を主に描いていたようだ。
 静物画は落ち着いた色合いで、静謐さが漂っている。やわらかい筆致ながら、光と影のバランスがすばらしい。陶器の表情の描き分けも見事である。私の好みからすると若い頃のものよりも晩年の作品のほうがいい。『銀のゴブレットとりんご』、『カーネーションの花瓶』、『木いちごの籠』なんかがいい。
 静物画ももちろんいいのだが、私は風俗画のほうに強く惹かれた。まるでフェルメールが再来したかのような静かな光と影の織りなす世界には、目を奪われる。『病後の食事(別名:思いやりのある看護人)』、『セリネット(鳥風琴)』、『デッサンの勉強』、『良き教育』といった作品に惹かれた。特に後者2つの対作品がいい。『羽根を持つ少女』、『食前の祈り』はレプリカ(?)も展示されており、見比べてみるとおもしろい。そういえば『羽根を持つ少女』もよかった。
 前回東京に来たときに見逃してしまって、心残りだった。今回無理をしてでも見に行った甲斐があった。この展覧会が開かれている三菱一号館美術館の建物も素敵だった。

三菱一号館美術館』東京都千代田区丸の内2丁目6-2(地図)

2012年12月9日日曜日

『パナマ・エリダ飲み比べセット』横井珈琲

 Panama Elida。コーヒーの果実を生豆にするときの処理方法(プロセス)の違う豆を3種類飲み比べることができるセット。今回は70セット限定だという。運がよかった。以下、それぞれの感想。

●フリィウォッシュト・プロセス(Fully Washed)
 コーヒーの果肉をはがし、粘液質を発酵させて水で洗い流す方法で、一般に広く用いられている方法だそうだ。すっきりとした雑味のない味わいで、ダークチェリーのような甘酸っぱさが口の中に広がる。苦味はほとんどなく、やや酸味系。
●ハニー・プロセス(Honey)
 コーヒーの果肉をはがし、粘液質をつけたまま乾燥させる方法。ブラジルではパルプトナチュラル(Pulped Natural)と呼ばれたりするらしい。フリィウォッシュトに比べるとちょっと雑味が入ってくるが、逆にそれがコーヒーにやわらかさをもたらしていて、よりまろやかになっている。アプリコットとか青リンゴを思わせる。酸味も少し弱くなっていて、3種類の中では一番好き。
●ナチュラル・プロセス(Natural)
 コーヒーの果実をそのまま乾燥させる方法。これは強烈。生臭さと泥臭さが混じったような味と香り。ちょっと南国のフルーツの感じもする。もしこの強烈さがなければ、味もしっかりしていて私でもおいしく感じるのだと思うけど、私は苦手。でもこの独特の感じは、はまる人ははまるんだと思う。変わったコーヒーが好きな人は挑戦してもいいかも。

 おもしろい企画だと思う。楽しんで飲んでます。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2012年12月8日土曜日

『Grand Ukulele』Jake Shimabukuro

 2012年。
 正直なところ、もうジェイクはいいかな、と思っていた。自分の中でのウクレレブームも去ってしまって、ウクレレマガジンも最近は購入していなかった。今回のアルバムも惰性で買ってみただけだった。
 ところがどうだろう。これが実にいいのだ。音にキレがあって透明感があって、曲にノリがあって艶があって、ウクレレが歌っている。ジャカソロ系で激しめの『Ukulele Five-O』、『Rolling in the Deep』、『More Ukulele』。さわやかな感じで朝や海を感じさせる『Gentlemandolin』、『143』(以前のアルバムにも入っている)、『Fields of Gold』。ひとつひとつの音を丁寧にきれいにまとめ上げた『Missing Three』。硬軟取り混ぜた『Island Fever Blues』。スウィングがかった『Gone Fishing』。そして『Music Box』は派手さはないけれど、技術的にはすごいことをやっていて、音楽的にも好きな一曲。バライエティに富んだ曲の最後には、『Akaka Falls』の素敵な旋律に心が洗われる。
 久しぶりにウクレレを弾いてみようか。

2012年11月27日火曜日

『Namring Upper FTGFOP1 2012-EX10』LUPICIA

 ナムリン・アッパー。
 インド・ダージリンのティースタにあるナムリン茶園の春摘み紅茶。茶園の中でも標高の高いところで採れたものを、特にナムリン・アッパーというらしい。茶葉がすごく青々としている。先日訪問客にこのお茶を出したら、緑茶なのかウーロン茶なのかと聞かれた。ダージリンのファーストフラッシュって、飲んだことのない人にしてみたら何のお茶かわからないほど独特なのかもしれない。でもこのナムリン・アッパーは、ダージリン・ファーストフラッシュの王道を行く味と香りだと思う。ちょっと酸味があるかな。紅茶専門店などで特に茶園を示さないで出てくるダージリン・ファーストフラッシュはこんな感じなのが多いと思います。
 ちょっと物足りないかな。もうちょっとひねりがほしい。記憶にある茶園の中では、ピュグリ、キャッスルトン、タルボ、ジュンパナ・アッパーはおいしかった。このお茶はこのお茶で十分おいしいのだけれど。

LUPICIA

『Here We Go Again』Willie Nelson & Wynton Marsalis Feat. Norah Jones

 2011年。ウィリー・ネルソンとウィントン・マルサリスとノラ・ジョーンズが2009年2月に行ったライブを収めたもの。ウィントンはトランペッターだけれど、何曲かボーカルでも参加している。レイ・チャールズに捧げたアルバムで、すべてレイの曲で構成されている。
 レイ・チャールズってジャズのイメージがあまりなかったんだけど、このアルバムはジャズっぽい。ウィントン・マルサリスのクインテットが主な演奏を担当しているせいかもしれない。トランペット(ウィントン)やギター(ウィリー?)などのソロにも結構な時間が当てられていて、歌だけに特化したアルバムではない。ウィリー・ネルソンは相変わらずの飄々とした感じで肩の力が抜けている。ノラ・ジョーンズはデビュー当時のような歌い方に似てるな、と思ったけれど、これは楽曲のせいかもしれない。
 好きなアルバム。参加している3人のアーティストがみんな好きだし、レイ・チャールズも好きだから当然かも。

2012年11月17日土曜日

『BOSS PIANO』YUJI OHNO TRIO with FRENDS

 2012年。ピアノ、ウッドベース、ドラムスのトリオに、ブラスやギターが入った構成。
 大野雄二といえば「ルパン三世」だが、このアルバムはジャズのスタンダードなどからなるカヴァー集(なのかなぁ?ジャズって、カヴァーという概念が個人的にはない。その辺どうでもいい)である。『You Are My Sunshine』のような有名どころから、レッド・ガーランド(Red Garland)の『Rojo』といったマニアックなものまで、大野のお気に入りの曲が並べられている。なかなかに絶妙なアレンジで耳を楽しませてくれる。でもピアノはそんなにうまいわけではないみたいで、ちょっともたつきを感じる。そこが人間らしくていいという人もいるのかもしれないけれど。
 ジルベール・ベコー(Gilbert Becaud)の『What Now, My Love?』、ジョアン・ドナート(João Donato)の『Amazonas』、そして古典的ブルース・ナンバーの『See See Rider』が好きですね。『Georgia On My Mind』もいいかもしれない。

2012年11月10日土曜日

『リ・サイクル』村治 佳織

 2012年。『Re-Cycle』。デビュー20周年、ビクターからデッカ(DECCA)に移籍して10周年に合わせた2枚組ベスト・アルバム。1枚がポップスや映画音楽を中心とした選曲で、もう1枚がクラシック音楽からの選曲となっている。ほとんどの曲は移籍後のアルバムからのものであるが、『早春賦』と『禁じられた遊び(ロマンス)』はCD初収録曲である。
 ベストアルバムだけあって、よい曲、あるいは有名な曲ばかりで占められている。2枚のCDがそれぞれ違うコンセプトで組まれているのもよい。 気分に合わせてCDを選ぶことができる。ただ、あまりにベタな選曲でちょっと息が詰まる感じもする。息抜きができないというか、充実しすぎているというか。
 1枚目では、『映画「ニュー・シネマ・パラダイス」より』から『悔いなき美女』、『愛はきらめきの中に』にかけての流れが好き。2枚目では、『大聖堂』からの3曲、『コンポステラ組曲』からの6曲、『コユンババ』からの4曲がいい。
 初回限定盤には、未発表の写真データを収録したCD-ROMと2013年のカレンダーがついてくるけれど、個人的には2枚のCDだけあれば十分だな、と思う。

2012年11月6日火曜日

『デジタル時代の著作権』野口 祐子

 ちくま新書。
 日本の著作権法は複雑怪奇で素人が読み解けるような生やさしいものではない、とはよくいわれる。著作権法ができた当時はそれほど難解なものではなかったらしい。それがどうして今のような形になってきたのかを、19世紀末に国際的な規準として定められたベルヌ条約を始まりとして、順を追って解説している。その上で、今の著作権法は時代にそぐわなくなってきたと述べ、現代、そして未来にふさわしい著作権のあり方について考察している。
 転機はデジタル機器の普及とインターネットの拡がりにあったという。それまで著作権法では想定していなかった事態が次々と起き、数々の裁判でも争われ、法律自体も例外規定を設けるなどの微修正を余儀なくされた。たとえばネット上のコンテンツを見るために一時的にパソコン内のメモリにデータを蓄積することが著作権法上の複製にあたる、というような議論まで出てきてしまったのだという。このように素人目には不条理なことがいろいろと起こるようになってしまった。ではなぜ微修正であって根本改正を行わないのか。それはハリウッドなどの権利団体によるロビー活動などの権利者側の抵抗ももちろんあるが、国際的な約束事であるベルヌ条約の改正が全会一致でなくては認められない、という足枷もあるらしい。加盟国は当然ベルヌ条約に沿った国内法を制定しなければならないのだ。
 著作権法はコンテンツの利用者の自由を守るというよりは、著作権の所有者を守ることに軸足を置いているという。何か作品をつくったら、その時点で著作権が自動的に発生するのがその典型だろう。特許のように申請主義ではなくて発生主義なのだ。
 著者は、それは今の時代にはバランスが悪いのではないか、と述べる。アメリカで科学技術の共有が始まっているように、利用者の自由を重んじた方向に向かうべきではないか、と(初音ミクの最近の流行はこの自由さがもたらすものなんだろうな、と思った)。そして、フェア・ユースとクリエイティブ・コモンズという二つの方向性を紹介する。フェア・ユース規定は一般例外規定とも呼ばれ、法のなかで細かい例外規定をいちいち設けるのではなく、それを一般的包括的に規定しようとするものであり、クリエイティブ・コモンズは著作者が自由に著作物の利用のルール(改変しなかったら自由に使っていいとか、著作者のクレジットを書いてくれたら自由に使っていいとか)を決めるものである。
 この本は著作権の現在を知るのにいい本である(ただし発行が2010年で、著作権法は今年(2012)も改正されたから、最新というわけではないのに注意。でも主張の主旨には影響しないと思う)。個人的にはクリエイティブ・コモンズについてかなり詳しく書いてあったのがうれしかった。著作権者の権利を緩める方向で考えている著者の主張には賛同したくない人もいるかもしれないが、本書に書かれている今の著作権法の持つ問題点の存在は認めざるを得ないだろう。その問題点を共有した上で、これからの著作権をどうしていったらいいのかについて、一緒に考えるべきなのかもしれない。現代を普通に生きていれば、著作権とは無縁ではいられないのだから。

2012年11月4日日曜日

『Bouquet of Blessings』川畑 トモアキ

 2010年。ソロギターアルバム。『想い出がいっぱい』と『Moon River』だけがカヴァーで、ほかの8曲はオリジナル。
 さわやかな曲が多く、メロディがきれい。メロディメーカーといっていいと思う。アレンジもきれい。
 ギターの音がキラキラしている。陽光に照らされた海面のように。でもこれは好みがあるかもしれない。ギターの音に関しては、私は苦手です。吉川忠英のような、もっと落ち着いた温かみのある音が好きだから。
 全体的にはいいと思う。曲が33分しか入っていないのはちょっと短いと思うけど。

2012年11月3日土曜日

『「ゼロリスク社会」の罠』佐藤 健太郎

 光文社新書。副題『「怖い」が判断を狂わせる』。
 「リスク」という言葉はやっかいだと思う。少なからぬ人が、「リスク」はあるかないかだと思っている。その食品に入っている添加物は絶対安全ですか?そう質問する人は、「リスク」がゼロになる場合があることを無意識にでも信じている。そしてこの場合、「リスク」のありなしだけを問題にしている。つまり「リスク」を定性的な概念としてとらえている。それに対して、添加物の量がここまでだったらこれくらい危険で、これ以上だったらこれくらい危険になりますよ、というのは、「リスク」を定量的な概念と考えたときの言い方である。日本語としては、どっちも間違った言い方だとはいえない。でも、「リスク」を定性的な見方でしかとらえられないと、事態を見誤る可能性がある。
 たとえばヒトは日常的に塩分を摂っているが、リスクがないというわけではない。リスクが「少ない」だけの話で。塩分の摂りすぎで病気になる人は多いし、それで死にいたる場合もある。要は摂取量の問題なのだ。食品添加物だってそれと同じ話で、摂りすぎれば病気になるし、ちょっとしか摂取しないのであれば、リスクは「少ない」。「リスク」という観点から見ると、塩分も食品添加物も同じ考え方ができる。いや、むしろ同じ考え方をすべきだ、というのが著者の主張である。
 この本は極めて科学的である。「リスク」は「定性的」なものとして扱うのではなくて、「定量的」なものとして扱うべきだ、という点で、一貫している。その上で、多くの人が定量的な判断を行えない理由を説明している。確証バイアスだったり正常性バイアスだったりアンカリング効果だったり。そして、合成保存料や着色料、農薬、トランス脂肪酸、メタミドホス、ホメオパシーといった過去に話題に上った事例を例に、「リスク」の問題を解説している。また、発癌性という考え方の意味するところや、放射性物質の問題についてもわかりやすく説明している。
 いい本だと思う。科学的だけれど、小難しい数式などは一切出てこないし、文章も平易だ。この本に書いてある程度の科学リテラシーはみんなに持っていてもらいたい。そうしたら、この世の中はもうちょっとうまくリスクと向き合えているんだろうと思う。でも現実には冷静なリスクコミュニケーションを取れずに怪しげなメディア情報に振り回される人は多い。そしてそういう人に、この本に書いてあるようなリスク概念を理解し納得してもらうことは、実際にはかなり難しいと私は思う。だって意外と世の中の人は(無自覚に)非科学的だし、さらに本書のリスクの話は理性のなせる業だけれど、人が安心を感じるのは理性じゃなくて感情の問題なのだから。

2012年11月1日木曜日

『ブラジル・セハード』横井珈琲

 Brazil Serrado。カルモ・デ・ミナス地区の農園。
 酸味も苦みも少なく、中性的な味。まろやかでやわらかい口当たり。カシューナッツのようなクセのない控えめな風味がある。飲みやすいけれど、ちょっと物足りないかも。おいしいコーヒーには違いないのだけれど。そういえばブラジルは久しぶり。昔はブラジルばっかり飲んでいたんだけどな。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2012年10月30日火曜日

『巨匠たちの英国水彩画展』Bunkamura ザ・ミュージアム

 2012年10月20日〜12月9日。マンチェスター大学ウィットワース美術館所蔵の、18世紀から19世紀終わりまでに描かれた水彩画を集めた展覧会。J.M.W.ターナーの作品が多いが、それ以外にもラファエル前派やヴィクトリア朝時代のものまで多く取り上げられている。
 まず感じるのは、とても細かくて写実的だということ。眼前に広がる風景をそのまま紙に写し取ろうとしていたのかもしれない。風景画が多いのは、水彩という手法をそういう企図として使用したためなのだろう。そして、水彩(透明水彩)絵の具のほかにガッシュ(グワッシュ、不透明水彩)を一緒に使っている絵が多いのも興味深かった。ガッシュを使ったものは少し油絵っぽい雰囲気が出るようだ。
 150点以上の作品が展示されており、そのひとつひとつにそれぞれの良さを感じたが、その中でも気に入ったものについてちょっとだけ紹介したい。ジョン・ブレットの『川辺の景色、オックスフォードシャー州ゴーリング=オン=テムズ付近』は、写真のようなシャープさを感じた。鮮やかな色が印象的だったのはジョン・マーティンの『マンフレッドとアルプスの魔女』。淡い雰囲気のよいデイヴィッド・ロバーツの『カリフの霊廟、カイロ、エジプト』。光と影が印象的だったのは、ターナーの『テムズ河畔フェニングズ埠頭の火事、バーモンジー』と、ヘンリー・ブライトの『迫り来る嵐、ヤーマス海岸、ノーフォーク』。小さな人物がいい味を出しているサミュエル・プラウトの『ヴェネツィアの運河のカプリッチョ』もいい。ジョン・ラスキンの『月桂樹の枝の習作』は、青と白しか使っていないのに惹かれるものがあった。ほかに好きだったのは、ウィリアム・フレデリック・イームズの『ディナンの大通りにて、ブルターニュ地方』と、ヘレン・アリンガムの『収穫の進む畑、ケント州ウェスターハム近郊』。
 こうして見てみると、ターナーとジョン・ラスキン以外は知らない人だ。有名じゃなくても素敵な絵を描く人はたくさんいるということですね。名前の売れている人とそうでない人との差はどこにあるんだろう。

Bunkamura ザ・ミュージアム』東京都渋谷区道玄坂2-24-1(地図)

2012年10月24日水曜日

シェーグレンの会 会報第21号

 2012年10月5日発行の「シェーグレンの会会報第21号」が届いたので、その概要を。シェーグレン症候群という病気については今までブログ内でさんざん書いてきたので、その詳細には触れず、会報のなかで気になったこと、興味深かったことを箇条書きで紹介したい。ほとんどが4月7日に行われた「シェーグレンの会総会」での報告結果である。
○NPO法人化を目指しているが、なかなか手続きが思い通りに進まないらしい。
○「患者会 シェーグレン白書 速報」(アンケート調査結果、209名回収)について
・どの症状の改善が必要?:乾燥症状(56%)、疲労感(24%)、痛み(15%)。私自身についていえば、目の乾燥は気になるが口腔乾燥はあまり気にならない。疲労感は強く、手の関節、筋肉が痛む(だから実はギターを弾くのはかなりつらく、1日15分が限度。趣味なのに悲しい)。
・シェーグレンの日常生活への影響の有無:あった(85%)、交友関係が少なくなった(70%)、外出ができない(53%)。外出ができない人が多いのは意外。私は軽い方なのだ。
・職業生活への影響があった人は70%。休業退職廃業をした人と楽な仕事に変更した人を合わせると37%。結構多い。でもわかる。職場の椅子に座っているだけでつらいことは多い。仕事をずっと続けられるかどうか不安を感じる。
○「うつと睡眠」~睡眠と健康~、日本大学医学部精神医学系、内山先生
・今の常識では、ストレスがあるときはぐっすり眠ってストレスを解消したほうがいいとされるが、「昔のようにセキュリティのない状況では、ストレスがあると眠れないという特徴は生き抜くための重要な戦略だった」というのは、いわれるまで気づかなかった。なるほどである。
・入眠障害、中途覚醒、早朝覚醒を合わせた不眠は年齢を追うごとに増えていくが、逆に睡眠不足は減っていく、というのは意外。
・睡眠障害と高血圧や糖尿病、そしてうつとの間には関連があるらしい(疫学的調査)。

 事務局が金沢医科大学から日本大学に移ってから、総会の開催日と会場が6月の金沢から4月初めの東京になった。東京での総会は1度も行けていない。本当は行きたいのだが、年度初めはきつい。来年はぜひ行きたいものだが。

シェーグレンの会HP

2012年10月22日月曜日

『おるすばん』2012第45回KFSアート・コンテスト展

 第45回KFSアートコンテストの童画部門に出品しました。ありがたくも入選をいただき、以下の日程で東京セントラル美術館に展示されます。1日くらいお邪魔しようかな。

2012年10月23日(火)~28日(日)。11:00~18:00(最終日15:00まで)。
『東京セントラル美術館』東京都中央区銀座2-7-18銀座貿易ビル5F(メルサGinza-2)

2012年10月20日土曜日

『MOVE』上原ひろみ

 2012年。Hiromi The Trio Project featuring Anthony Jackson & Simon Phillips。前作『VOICE』私の記事)に引き続き、コントラバス・ギター(6弦ベース)にアンソニー・ジャクソン、ドラムスにサイモン・フィリップスを迎えてのトリオ構成。
 最高にいい。アルバム全体で1日の流れを表しているという。表題曲『Move』のアラームで始まり、『11:49 PM』の夜中0時ぴったりの鐘の音で幕を閉じる。時の流れであり身体の動きであり感情の動きでもある「Move」。それらを全部ひっくるめてのアルバム。
 『Move』では、変拍子が複雑に絡み合う独特のリズムが体幹を激しく揺さぶる。そしてそのあとに続く『Brand New Day』では一変朝靄のような静かなピアノソロで始まる。ぞくぞくする。時には激しく、そして時には静かに、こんな風に動静入り交じってアルバムは時を刻んでいく。いい。ピアノはもちろん、ベースもドラムスも。息がぴったりと合っている。どの曲もいいけれど、特に好きなのは表題曲の『Move』と、ベースのメロディで始まる『Fantasy』の2曲かな。

2012年10月15日月曜日

『都市・地域 水代謝システムの歴史と技術』丹保 憲仁

 鹿島出版会。
 地球は「水の惑星」と呼ばれるように豊富な水に恵まれているけれども、そのうちの淡水は2.7%しかなく、さらに日常的に使える淡水は0.01%にしかすぎない。川や湖から海へ流れ出た水は蒸発して雲になり、雨や雪となって地上に降り注ぐ。その水文大循環の途中の水を人類は利用することとなる。この限られた水を、今後地球上の人口が100億人を超えるというなかで、どのように使っていけばよいのか。地球あるいは人類はそれに耐えられるのか。そのために必要な水システムとは。そのような大きなテーマを扱っているのが本書である。
 著者は地球上の水サイクルを4つに分ける。前出の水文大循環を第1サイクルとして、都市・地域内の第2サイクル、さらに小さなコミュニティ・工場レベルの第3サイクル、そしてもっと小さい個別生産場・生活場である第4サイクルである。本書の中心的議論である上下水道システムは第2サイクルにあたる。また、水俣病は製造工程である第4サイクルで物質収支をきちんと取らなかったために第1サイクルにまで汚染がおよび、公害となったとする。このように、それぞれのサイクル内、あるいはサイクル同士でどのように水の量と質が変換・移動していくのかを考えることが重要だという。
 著者の問題提起のひとつとして、大きなエネルギーを使って人間が飲める水を水道水としてつくり、それを便所や散水などのすべての用途に使うということは、この先やっていけなくなるのではないか、というものがある。一人が1日に使う量は200~300リットルであるが、今の水道水レベルの上質な水は1日50リットルくらいしか必要としていないという。この点をひとつの立脚点として、次世代の生態系にもやさしい水システムはどうあるべきか、という提案を最終章で述べている。この本で取り上げられている興味深い話題は、すべてこの最終章の提案のためにあるといっても過言ではない。とはいえこの提案はひとつの提案にすぎず、ほかの解答を拒否するものではない。
 難しい本だと思う。ローマの水道に始まり現在に至るまでの上下水道の歴史をかなり詳しく書いてある。それは単なる歴史的事実を述べるにとどまらず、水処理や水の輸送の仕組みまできちんと解説している。個別例でいえば、札幌、東京、香港、シンガポールの水システムの歴史はかなり突っ込んだところまで詳説している。ただ、それを460ページほどの本にまとめるのは相当無理があって、たとえば水質変換システムの仕組みの説明は大事なところ以外は大分はしょっていたりする。一度も勉強したことのない人がこれを読んで理解できるかどうかは怪しい。そこは読み飛ばせばいいのだけれど。
 東京という大都市が成り立つためには、その裏に栃木、群馬といった広大な水源地がなければならない。さらにいえばそこに住む人々の口にする食料を作り出すために、膨大な仮想水を海外から輸入していることになる、といったことは、多くの人が知っておいたほうがいい事実なのかもしれない。化石エネルギーに頼らない太陽エネルギーだけでは、日本の人口は4000万人くらいしか養えない、という事実にも目をつぶってはいけないだろう。
 今後の地球を占う上で、エネルギー、食料、そして水の問題はどうしても避けて通るわけにはいかないのだ。そんな大事なことをこの本は教えてくれる。

2012年10月14日日曜日

『Poroco 15th Anniversary Blend』横井珈琲

 「月刊poroco」の創刊15周年を記念したつくったブレンド。写真はぼけてしまっているけれど、次のように書いてある。

「オレンジ、プラム、ヘーゼルナッツ、ミルクチョコの風味 なめらかな舌触りとキャラメルやハチミツの甘さが魅力です」

 ここまで味を詳しく書かれてしまったら私にはこれ以上書きようもないんだけど、ここまで複雑な味だろうか、とは思う。濃いめに淹れると少しざらついたような感じになる。ふつうに淹れろよ、ということなのだろうが。ほどよくやさしい酸味がある。後味がいい。冷めてからの味も風味豊かで意外によい。
 2012年10月31日まで販売している。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2012年10月8日月曜日

『横井の秋2012』横井珈琲

 9~11月限定珈琲。
 エルサルバドル、コスタリカ、コロンビアを使った中深煎りのブレンド。アプリコットとかプラムといったようなフルーツ系の余韻がある。弱い酸味と苦みが交ざり合って、でもそれぞれの輪郭がはっきりとしていて立体感がある。どんぴしゃではないけれど、好きなタイプの味(横井のブレンドの中では、「いつものさんばん」がかなりどんぴしゃです)。いける味だと思います。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

『だれも知らなかった楽典のはなし』東川 清一

 音楽之友社。
 楽典は音楽の文法というか教科書というか、そんな類いのものだと思う。なぜ「思う」なのかといえば、私は楽典というものを読んだことがないからだ。だからここでは、この本は楽典とはどういうところが違っておもしろいのか、といった話はできない。単純に読んだ感想を述べたい。
 音符や音楽記号の話、五線譜の成り立ち、音程について、旋法と調について、音階やリズム、テンポについてなど、おそらくは楽典と同じような項目について書いてある。実際のところこの本はおもしろい。それは単に説明的な音楽理論のみを述べているのではなくて、成り立ちあるいは音楽の歴史をも学べるからだろうと思う。この本はモーツァルト時代の音楽理論家テュルクの『クラヴィーア教本』から引用している説明が多い。だから著者も述べているように、一部に「モーツァルト時代の楽典」という側面も持っている。
 ソのシャープ(嬰ト)とラのフラット(変イ)はもともとは違う音だったのに、なぜ今は同じ音としてとらえられることが多くなったのかという経緯だとか、旋法は固有な5度種と4度種の組み合わせの違いだとか、メトロノーム記号に対する向き合い方だとか、興味深いことがたくさん書かれている。それも根本的なところから教えてくれるので、おもしろい。
 でも難しい本だとも思う。音楽を中学校の授業までしかやってなくて、これから音楽を始めてみようかな、というような人には正直きついと思う。そういう人を対象にしたかのような説明も確かに散見されるのだけれど、大部分は結構マニアックな話題のような気がした。たとえば日本の音階について述べた第8章は、私にはさっぱり理解できなかった。もうひとつ私に取っつきづらかった点があるとしたら、音階の記号が「ハニホヘトイロハ」である点だろうか。ふだんは「CDEFGAB」の方がなじみがあるので、当初は頭の中で変換するのに手間取った。クラシック音楽をやっている人には造作ないことなのかもしれないが。
 趣味で独学で音楽をやってきたけれども、もうちょっと突っ込んだ話を聞きたいという人は楽しめる本だと思う。

2012年10月6日土曜日

『The Very Best of Diana Krall』Diana Krall

 2007年。ダイアナ・クラール。
 彼女を知ったのは実はついこの前。ウィリー・ネルソン(Willie Nelson)の『American Classic』私の記事)の中で『If I Had You』をデュエットしていたのを聴いたのが最初。売れているジャズヴォーカリストだなんてことはまったく知らなくて、あぁ、いいかも、とちょっと思った。それで、まずはベストからだろう、と。
 声や歌い方はわりとあっさりしている印象を持った。あまり力が入らず、さらっとした感じ。初めはそんなところがちょっと物足りなくもあったのだが、聴き込んでみると意外と気に入った。でもすごくいい、という感じではなく、BGMとしてかけ流していてちょうどいいという程度。何かほかの作業をしていても邪魔にならない。このアルバムの中では『The Heart of Saturday Night』が特に好きな曲です。適度にゆるいところがいい。

2012年9月30日日曜日

『生物多様性を考える』池田 清彦

 中公選書。
 何年も前から生物多様性のことが今ひとつぴんとこない。それで以前『生物多様性100問』(木楽社)なんて本を読んだりもしたのだけれど(私の記事)、やっぱり腑に落ちない。その後ずっとうっちゃっていたのだが、本書を店先で見つけ、池田の書いている本なら、と思って読むことにした。
 なぜ生物多様性のことがわからないのか、やっとわかったような気がする。そもそも昔使われていたほぼ等価な言葉は生物学的多様性(Biological Diversity)であり、1986年に生態学者のウォルター・G・ローゼン(Walter G. Rosen)がBiodiversity(生物多様性)という用語を提唱したのが始まりらしい。「logicalを抜いて」と池田が皮肉を込めていうように、「生物多様性」という言葉はある意味プロパガンダのようなものだったらしい。つまり厳密に定義できる代物ではないという。どうりで人によってこの言葉の使い方が変わるわけである。
 そこのところを押さえた上で、生物多様性について考えたのが本書である。ふつう生物多様性は、種多様性、遺伝的多様性、生態系多様性の3つのカテゴリーに分けられるとされる。著者は種に対する深い洞察が大切だと考えており、この部分の説明に多くをさいている。種とは何か、という根本的なところから考察しており、いくぶん専門的なところもある(恐ろしい数の種名が出てくる)。ネオダーウィニズムには批判的で、このあたりの事情を知るのもおもしろい。
 この本を読むと、3つの多様性が何を指すのかがよくわかる。しかし同時に、この3つの多様性の保全を考えたとき、いろいろな矛盾が生じてきたり、そもそもこれらの保全が可能かどうか、よいことかどうか、ということも一概にはいえないこともわかってくる。もちろん著者としての考えはきちんと本書の中で述べられてはいる。人類の福祉に反しないように、というのはひとつのキーワードであろう。生物多様性が大事だということに関しては、著者も他の論者も変わらないのである。ところが生物多様性という言葉はあまりにも多面的なので、ある一面だけを見て論じるとゆがんだ原理主義に陥りかねない。そこのところを見誤らないように、という強いメッセージを感じた。

2012年9月29日土曜日

『sophie milman』Sophie Milman

 2006年。ソフィー・ミルマン。カナダ出身のジャズヴォーカリスト。
 これは自身の名を冠したデビューアルバムである。彼女のアルバムは2枚持っていて、これまでにもこのブログで取り上げたのだが(『Take Love Easy』『In The Moonlight』)、改めてデビューの頃の歌を聴きたくて購入した。
 やっぱり好きですね。最近よりもさらっと歌っているような感じはする。低くて太い声というものはあまり前面に押し出されていない。でもどっしりとしていてちょっとハスキーがかった声は今も昔も変わらずにいい。このアルバムはスタンダードとコンテンポラリーを取り混ぜて構成されており、ソフィー・ミルマンってこんな歌を歌うんだよ、というお披露目みたいなアルバムだと感じた。そしてそれは成功しているのだろう。こんなに魅力的なのだから。
 『櫻珈琲煎房』(私の記事) のサッポロファクトリー店にたまに行くと、いつもジャズヴォーカル作品が店内を流れている。本を読むにはヴォーカルがない方がいいんだけど、と思いながら過ごしていたものだが、今ではそんな音楽を楽しみながら過ごせるようになった。そういう心境の変化は、ソフィーを聴くようになった時期と重なる。不思議なものだ。趣味が広がるのは何がきっかけになるかわからない。

2012年9月23日日曜日

『グァテマラ・ラ・ブレア2012』横井珈琲

 Guatemala La Brea。
 口当たりがやわらかくて飲みやすい。苦みも酸味もあまり強くなく、中性的な感じ。後味に少しキャラメルのような余韻が残る。かすかな柑橘系の香り。個人的にはもう少し主張があったほうがいいな、と思う。
 試しにいつもの1.5倍の豆を使って淹れてみた。これが意外にいい。ボディに力強さが出てきて、輪郭がはっきりしてきた。普通の濃さのときよりも酸味が増す感じがする。口当たりの柔らかさはなくなってしまったのが惜しい。好みにもよるが、たぶん通常の豆の量よりやや多めの豆を使うくらいがちょうどいいのであろう。1.5倍は多すぎる。
 新しい豆を買ってきたら、抽出温度とか豆の量とかを調整して好みの味に近くなるような淹れ方を探してしまう。それが正しいやり方かどうかはわからない。いつも同じ条件で淹れないと、個々の豆の特徴がわからなくなって比較できない、という人もいるかもしれない。でもせっかくの出費なんだからおいしく飲みたいじゃないですか。

工房 横井珈琲』札幌市西区発寒9条11丁目2-11(地図

2012年9月22日土曜日

『JUNIOR』Kaki King

 2010年。カーキ・キング。5作目のアルバム。
 ものすごくロックなアルバムになっている。これまではなかった。といってもバリバリにロックしてる曲は半分弱。『The Betrayer』、『Spit It Back In My Mouth』、『Falling Day』、『Hallucinations From My Poisonous German Streets』、『Death Head』くらいなものだ。でもこれらの印象がそのままこのアルバムの雰囲気を決めている。本人のヴォーカルの入った曲も多い。3作目の『Until We Felt Red』 あたりからヴォーカル作品がちらほら見られるようになったが、今回のようにギターよりもヴォーカルが中心となったアルバムは初めてだ。カーキ・キングといえば愛器のオヴェーションを手にして超絶ギターを弾きまくるイメージがあるが、このアルバムではそんなイメージを封印して、インストルメンタルであっても技巧を前面に押し出すようなことはしていない。
 カーキ・キングの声はちょっと幼い。歌も決してうまくはない。でも『The Betrayer』なんて結構はまっていると思うし、どう聴いてもカーディガンズ(The Cardigans)にしか聞こえない『Communist Friends』でも声は合っていると思う。スキャットみたいに入れている『Sunnyside』なんかは以前から試みているヴォーカルの手法だ。日本盤ボーナストラックである『 I've Enjoyed As Much As I Can Stand』は私好みの曲。ただ、やっぱりギターの音のほうが圧倒的に魅力的ではあるのですが。

 このアルバムには付録のDVDがついていて、これがすごくいい。「Live in Concert from the Berkeley Sessions in Toronto」から8曲、40分ほどのライブビデオが収められているほか、6曲分のミュージックビデオが収録されている。ヴォーカル曲はまったくなくて、今アルバムからの曲もまったく入っていない。このDVDを手に入れるためにこのアルバムと同じ値段を出してもいいと思えるくらい、本当にいい。特にライブ映像が最高です。

2012年9月21日金曜日

『サウンドとオーディオ技術の基礎知識』坂本 真一、蘆原 郁

 リットーミュージック。「音楽が10倍楽しくなる!」と書いてある。
 著者は音の専門家である。しかしミュージシャンでもレコーディングエンジニアでもミキシング/マスタリングエンジニアでもない。浮き足だった話はしない。徹底して事実に即した科学的な説明をする。
 音とは何か、人の聴覚はどうなっているのか、レコードやテープレコーダーといったアナログのオーディオ技術の仕組みと歴史、デジタルオーディオの仕組み、そしてそれらの応用として、リスニングルームの科学、自宅録音派のための音響学まで。
 サウンドとオーディオというと、ついオーディオ機器の方ばかりに目が行きがちだけれど、実は耳はそれと同じくらい重要だという見逃しがちな事実を教えてくれる。そしてこの本は、基礎をきちんと教えてくれているのがいい。対数や三角関数が出てくるので数学や物理の嫌いな人にはつらいかもしれないが、私は逆にそこの部分を隠さずに解説してくれるのがうれしい。これがあるのとないのとでは、納得の度合いが違う。今まで雰囲気でしかわからなかったことが、確かな知識になる。
 おもしろい豆知識にも事欠かない。レコードの始めの方の曲と終わりの方の曲とでは音質が違うことなんて知らなかったし、部屋でひとりで音楽を聴いているときと4、5人の友達と一緒に聴いているときでは音の聞こえ方が違うなんて、考えたこともなかった。
 サウンドとオーディオについてきちんと知りたい人には、きっと役に立つだろう。

2012年9月16日日曜日

『Pascoe's Woodland FOP Supreme 2011』LUPICIA

 パスコウズウッドランド・シュープリーム。南インドのニルギリ(NILGIRI)のお茶。ニルギリとは現地語で「青い山」という意味。どうでもいいか。
 強い甘みがあって、味がしっかりしている。渋みはあまりない。舌を包み込んだときの感じがすごくいい。ニルギリはやっぱりおいしい。好きなお茶です。値段も比較的安いので、普段使いとしては最高ですね。

LUPICIA

『動きが心をつくる』春木 豊

 講談社現代新書。副題「身体心理学への招待」。
 昨今の脳ブームで脳がわかれば心もすべてわかる、というような風潮があるけれど、身体や身体の動きこそが心を生んだのではないか。そう著者は述べる。心が大脳の働きによるのは間違いではないが、周辺環境が変化したときにそれに適応するための行動(動き)がまず生じ、その動きによって大脳が発達してきたのではないか、と考えるのである。
 例としてウィリアム・ジェームズの説をあげている。ある事柄が起きたとき、まず心の動きがあってそのあとに身体の変化が起きるのではなく、まず身体の変化が起き、それによって心(情動)が生まれるというのだ。悲しいから泣くのではなくて、泣くから悲しいというわけである。
 しかし著者はすべての心がこのように生じるといっているのではない。動きと心の関係を3つに分けている。口に食物を入れたときに唾液が出る反応のように意志とは関係のないレスポンデント反応。字を書こうという意志によって筋肉が鉛筆を動かすというような意志的なオペラント反応。そしてこれら2つの反応のどちらもできるレスペラント反応である。たとえば寝ているときにする無意志的な呼吸はレスポンデント反応であるが、ラジオ体操の時の深呼吸は同じ呼吸でも意志的なオペラント反応であり、呼吸とは両者をあわせもつレスペラント反応だというわけだ。著者はこのレスペラント反応を重要視しており、この反応として、呼吸、筋反応、表情、発声、姿勢、歩行、対人空間、対人接触について詳説している。
 レスペラント反応が重要だと考える根拠は明確には本書に記されていないと感じたが、おそらくこのことは自明であると著者は考えているのだろう。というのも、この反応はまさに「動きが心をつくる」ことを説明しているものだからだ。下を向いてばかりいると鬱っぽい気分になったり、元気いっぱいに歩いていると心も向上してくるというのは、誰もが経験していることなのではないだろうか。
 心の問題を扱うのは難しいと感じる。本書でも前半部分は科学的な説明がなされていたりするが、後半になると観念的な説明に終始している。おそらく「動きが心をつくる」のは本当のことだと思われるが、まだ理論が実践に追いついていない印象を受ける。最終的には、動き(行動)によって大脳がどのように発達していくのかを説明できるようになるといいのであろう。また、動き(行動)自体が大脳系を経ないで直接心を形成するということもあり得ないことではないのだと思う。そこまでの道のりは決して平坦ではないだろうが、それらの解明を待ちたい。

2012年9月15日土曜日

『10 Great Songs』Willie Nelson

 2012年。ウィリー・ネルソン。
 このアルバムにはライナーノーツもないし、ネット上の情報も驚くほど少ない。だからどういうコンセプトのアルバムなのか実はよくわからない。セルフカバーなのかな。ベスト盤?リマスター盤?1961年から2001年にリリースされた曲から10曲選ばれている。ウィリーはカントリーの大御所として知られているから、これらの曲もカントリーなのだろうか。ゆったりとしたバラードが多く、フランク・シナトラとか加山雄三とかが歌っていそうな歌がそろっている。まさに「渚」という言葉がぴったり合うような。この手の曲を好んで聴いたことが今までなかったのである意味新鮮だけど、なんか生まれる前の曲を聴いているような錯覚におちいってしまう。