2011年9月25日日曜日

『Leave Your Sleep』Natalie Merchant

 2010年。ナタリー・マーチャント。
 2枚組26曲の大作。小さな娘に読み聞かせてきた詩や物語を歌詞にしている。元になった詩は18世紀から20世紀にかけて作られた、主にイギリスやアメリカの詩人たちによるものだ。無名の詩人もいる。ディスク1、2それぞれのタイトルである「Leave Your Supper」、「Leave Your Sleep」も、マザーグースの一節から採られている。アルバムには分厚いブックレットがついてきていて、それぞれの詩の内容やそれらを作った詩人について、詳細に解説されている。だからおそらくこのアルバムの主役は歌詞にある、と彼女は考えていたのだと思われる。
 とはいえこのアルバムの音楽性には目を見張る。彼女は元々「10,000 Maniacs」というフォークロックグループのヴォーカルだったから、基本的にフォークロックの歌い手だった。でもこのアルバムはそれだけにとどまらず、ブルーグラスやジャズ、ケルティックなど実に様々なジャンルの曲が詰まっている。二胡を使った中国風のものまであるのだ。それがとってつけたような音楽ではなくて、しっかりと彼女の中で消化されて作られたものであることがうかがえる、すばらしいものに仕上がっている。抑制の利いた彼女の心地よい歌声をバックで支えている伴奏の安定感もすごい。
 どの曲もいいのだが、特に好きなものを挙げるとすると、1-4「Bleezer's Ice-Cream」、1-8「The Man in the Wilderness」、1-9「maggie and milly and molly and may」、1-10「If No One Ever Marries Me」、2-10「I Saw a Ship A-Sailing」だろうか。挙げすぎですね。

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2011年9月24日土曜日

『Honey Kix』

 Cafe & Dining Honey Kix。ハニーキックス。札幌の駅前通からピヴォの南側の通り(南2条通)に入ってちょっと先にある。雑誌とかには11時半開店と書いてあったりするが、今は12時開店である。
 以前倉庫だった地下部分を改造したという。入り口のドアを開けると、意外とこぢんまりとしたカフェなんだな、という印象。ふつうのテーブル席3つとゆったりとしたソファ席がひとつ。じゃあソファ席に、と座りかけて店内を見渡すと、奥に4、5段の階段が見える。上もあるんですか?はい。それじゃあ上に行きます、と上った先は中2階といった出で立ちで、キッチンとカウンターが正面にある。雑然としながらもいい雰囲気。そこから振り返るとまた階段があって、さらに上に行ける。ここは下から吹き抜けになっていて、いわばロフト部分。カラフルなイームズチェアに囲まれたテーブルの先にはデンマーク風のランプシェードがあって、その下に先ほどのソファが見える。ちょうどそれを覗き込むようにしつらえられたベンチ席がなかなかいい。全然こぢんまりとなんかしていないのだ。おもしろい空間構成で、いるだけで楽しい。
 カフェご飯やスウィーツのほか、アルコール類なども充実しているので、夜もいいかもしれない。ホームページにも書いてあるとおり、まさに隠れ家的カフェ。

Cafe & Dining Honey Kix』札幌市中央区南2条西4丁目乙井ビルB1(地図

2011年9月20日火曜日

花20110919

 水彩らしい瑞々しさを出したくて。でも、いつも苦戦している。
 自分の思うように描けるようになったら、きっとこんな言い訳なんかしなくて、ただ絵にある「花」についてのコメントを書くんだと思う。次はそういう記事にしたいものだ。でももしそういう記事を書いたとしたら、そのときの私はただ図々しくなっただけなのかもしれない。と、考えすぎの私はいろいろと思いを巡らすのです。自分について語るとき、考えがまとまらなくなってしまう悪い癖・・・

2011年9月19日月曜日

『正しい楽譜の読み方』大島 富士子

 現代ギター社。副題「バッハからシューベルトまで~ウィーン音楽大学インゴマー・ライナー教授の講義ノート~」
 副題にもあるとおり、ウィーン音楽大学のインゴマー・ライナー教授の「歴史的演奏法」についての講義をまとめた本である。守備範囲はバロックからウィーン古典派まで。主にバッハの楽譜を中心に話を進めている。薄い本だけれど、中身は濃い。
 バッハの楽譜には、テンポ、強弱、楽想などを表す用語や記号類がほとんど書かれていない。このことについて、「何も書いていないのだから何もしてはいけない、強弱もレガートもすべてその類のものはつけてはいけない」とする立場と、「何も書いていないのだからその解釈は演奏家の任意によるべきである」という立場が、ロマン派を通して生まれた。でもそのどちらも間違っている、と著者は言う。バッハの楽譜に記号類がほとんどなかった理由はちゃんとあり、それがわかれば、正しく楽譜が読めるようになる。つまりそれらの楽譜を前にしてどのように演奏すればよいかがわかるようになる。これが本書の趣意である。
 大きく分けると、テンポ、舞曲、装飾音符、アーティキュレーションの4つについて書かれている。それぞれ興味深い話であるが、舞曲について、クーラント、サラバンド、メヌエットなどの舞曲であれば自ずとテンポも強弱の付け方も決まってくる、ということが、その踊り方の説明から書かれているのでわかりやすい。メヌエットが非常に難易度の高い踊りで、どんな状況の中で踊られたのかなんていうこともわかって、実におもしろい。
 実際にバッハの楽譜を読み解くのは非常に骨の折れる作業ではあるが、バッハを演奏することのある人は是非この本を手に取ってみてほしい。楽譜の選び方まで書かれているので、きっと役に立つはず。

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2011年9月18日日曜日

『白葉單欉』遊茶

(お茶名が特殊な漢字を使っているので、きちんと表示されているかどうか不安です)
 はくようたんそう。BaiYeDanCong。「白葉単叢」という表記をしている店もある。「嶺頭単欉(れいとうたんそう)」も同じお茶。分類としてはいわゆる烏龍茶と同じ青茶(チンチャア)。単欉というのはひとつの茶樹から採られたお茶という意味ですね。1961年に鳳凰水仙の茶畑から突然変異種として発見されたらしい。だから比較的新しいお茶。茶葉が大きくて、黒々としている。
 これがすごくおいしい。まず香りがいい。上品で深みがあってかぐわしい。味もしっかりとしている。岩茶みたいにどっしりとはしていないのだけれど、台湾茶よりも重みがある。よいお茶だと思う。

 ちなみに『遊茶』という店は、表参道ヒルズの道路を挟んだ向かい側にあります。

遊茶』東京都渋谷区神宮前5-8-5(地図

2011年9月17日土曜日

『ガロアの群論』中村 亨

 講談社ブルーバックス。副題「方程式はなぜ解けなかったのか」。
 中学校で習うように、2次方程式には解の公式がある。同様に、3次方程式にも4次方程式にも解の公式は存在する。でも5次方程式以上は解の公式が作れないことが既に証明されている。とはいっても5次方程式以上でも解ける方程式は山ほどある。どうして解ける方程式と解けない方程式があるのか。若くして亡くなったガロアは、ガロア群という概念を導入することによってそれを明らかにした。
 現在知られているガロア理論というのは、ガロア自身が考えていたものとは表現がちょっと変わっているという。本書は、まずはそれをなるべくガロアが考えたようになぞっていき、その上でそれが現在どのように発展してきたかということまで解説している。
 正直なところ、この本を読んでもガロア群というものを理解した気にはなれなかった。半分ちょっとまではなんとか食らいついていったのだが、その後は何を書いてあるのかわからなくなってしまった。数式の流れはわかる。でも書いてある日本語が理解できない。論理が飛躍している感じがする。もう数学的思考にはついていけない年齢に達してしまったのか。ショックである。

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2011年9月11日日曜日

『文字の骨組み』大熊 肇

 彩雲出版。副題「字体/甲骨文から常用漢字まで」。
 すごい本です。小学校で漢字やひらがなを習い始めてから今まで文字について疑問に思っていたことが、こんなにも解決されるとは思っていなかった。「北」という字の左側の縦棒は下に出るのかどうか。「保」の右下は「木」なのか「ホ」なのか。活字のしんにょうはなぜあんな形をしているのか。「わたなべ」さんの「なべ」はいったい何であんなにたくさんの異体字があるのか(著者が数えたら45字もあったらしい)、などなど。枚挙にいとまがない。
 例示される文字の種類がものすごく多い。金文や甲骨文字、正統字体である説文解字(せつもんかいじ)や康煕字典(こうきじてん)の字、王羲之(おうぎし)や欧陽詢(おうようじゅん)、空海などの書家の書いた字、いろんな時代の篆書、隷書、楷書、行書、ヒラギノやモリサワのフォント、文部省活字、当用漢字表、常用漢字表の字・・・。漢字がどのようにできてきたのかが一目でわかる。
 一番目から鱗だったもの。それは当用漢字表や常用漢字表の字に、新しく作った字が一字たりともない、ということ。え、新字体、旧字体っていうではないか。これについても詳しく解説している。上記漢字表の字は正字体ではないかもしれないが、手書きや通用体としてきちんと使われてきた字を採用したものだというのだ。「当用漢字字体表は、書き文字を本当によく調べて作られている」という。ひとつの漢字にひとつしか書き方(形)がない、という考えはナンセンスなのだ。これまでこれらの字体表に対する批判をいくつも見てきたが、的を射ている批判は意外に少ないのかもしれない。
 ここにあげたもの以外にも、将棋の歩兵の裏はなぜ「と」なのか、など、興味深い話題がたくさん取り上げられている。日本の文字について興味のある人は是非手に取ってみてほしい。おもしろいこと請け合いです。

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2011年9月8日木曜日

櫻珈琲煎房20110908

 遠くの方の柱の陰に広げた新聞がちらっと見える。他に客はいない。隣のテーブルでランチをとっていた男性も席を立ってしまった。ジャズのヴォーカルだけが辺りの静けさを埋めている。
 つかの間の休息。

『櫻珈琲煎房』サッポロファクトリー店 札幌市中央区北1東4フロンティア館2F

2011年9月4日日曜日

『錯覚の科学』クリストファー・チャブリス、ダニエル・シモンズ

 文藝春秋。木村博江 訳。
 原題は『The Invisible Gorilla(見えないゴリラ)』。被験者にバスケットの試合のビデオを見てもらい、試合中のパスの回数を数えてもらった。実は途中ゴリラの着ぐるみが会場に現れ、胸を打ち鳴らして去っていったのだが、そのことに気づいた被験者は半数しかいなかった。人は網膜に映っているものが「見えている」わけではない。試合中にいるわけのないゴリラには気づかないのだ。そんな実験の話題からこの本は始まる。
 おわかりのように、ここでいう錯覚は、だまし絵などにみられる錯覚のことを言っているわけではない。日常生活の中などで脳が勘違いする、そういったことを錯覚と呼んでいる。
 自信に満ちあふれている証言と自身のない証言では、自信にあふれている証言の方を正しいと思いこみやすい。でも実際には自信がある方が正しいとはいえない。ここには二つの錯覚が混じっている。証言者がおちいる記憶の錯覚と、証言を聞いている方がおちいる自信の錯覚と。そのほかに、自分が見慣れたものに対しては十分に知っていると勘違いする知識の錯覚、単に相関があるにすぎないものに因果関係をみてしまう原因の錯覚、自分の脳が実は十分に使われていなくて、ある簡単な方法でその限界を解き放てると考えてしまう可能性の錯覚。
 これら数々の錯覚を、豊富な実例や実験を参照しながら、丁寧に解説していく。正直なところ、こんなにも人間の脳が信用ならないことにショックを受ける。この本で取り上げられている自信の錯覚と原因の錯覚については、これまでも十分注意してきたつもりであるが、そのほかの錯覚については本当に無防備だった。モーツァルト効果やサブミリナル効果を信じている人は、まだ多いのではないだろうか。
 この本の最後で、「多くの場合、直感は現代社会の解決に十分適応できない」と警鐘を鳴らしている。注意しなければならない。
 脳がどういったパターンで錯覚を起こすのかを知ることは重要である。そうすれば、その錯覚を修正して正しい判断をすることが可能になる。本書はそのための大きな足がかりとなってくれることだろう。

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2011年9月2日金曜日

『Palermo Snow』John Renbourn

 2011年。ジョン・レンボーン。基本的にはギター・インストだが、時にクラリネットなどが絡む。
 シチリア島のパレルモに何十年かぶりに降った雪。それを題材にした標題曲1「Palermo Snow」は、クラリネット(私にはフルートに聞こえる部分もあるのだが、アルバムにフルートの文字はない)の音も影響して、かなり怪しげな雰囲気を醸し出している。それほどまでに、このときの雪は人々の心を不安げにさせた、あるいは落ち着かせなかったというのか。雪は楽しいというイメージがあるので、不思議な印象のある曲。9「Little Niles」も似たような雰囲気を持つ曲。
 シューベルトが好きだったという人のために作った2「Dery Miss Grsk」は、クラシカルな空気を感じさせるきれいな曲だ。シシリー島での想い出をつづった3「Bella Tera」も美しく、これら二つの曲は私のお気に入り。ちょっとカントリーチックで、でも同時にモダンさも兼ね備えている8「Weebles Wobble(but they won't fall down)」もかなり好き。同じ系統の、楽しげながらも少し憂いのあるラグタイム5「Ugly James」や、陽気なカントリーの10「Blueberry Hill」も悪くない。
 クラシック由来のものが2曲ある。エリック・サティの「3つのサラバンド」からの第1番、6「Sarabande」。これはコードヴォイシングに注目をおいた感じで演奏されている。そしてさらりと軽い感じに仕上げた、J.S.バッハの無伴奏チェロ組曲第1番ト長調第1楽章(長い・・・)からの7「Cello Prelude in G」。どちらもそんなに悪くはないが、前者はやっぱりピアノの原曲の方が好きだし、後者はカザルスの弾く重厚なチェロの方がよい。思うに、クラシックの曲を原曲に比較的忠実になぞったカヴァーは、なかなか元の曲を超えられないのかもしれない。もちろんすてきなカヴァーもあるのだけれど(押尾コータローの「ボレロ」や、渡辺香津美の「Courante from Suite for Unaccompanied Violincello No.1 BWV 1007」(無伴奏チェロ組曲第1番ト長調第3楽章)は、私の好きなギターアレンジです)。
 このアルバムは年季の入った味とでも呼べるようなものを感じることができる作品である。ジョンの力なんだろうなと思う。ただ、全体的にややくぐもった音で録られているのが気になった。

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