2009年11月29日日曜日

『I-XII』KING WEST MANRING VAMOS

 正確には『丘からの眺め』という題名の、ジャスティン・キングのアルバムだ。CDジャケットが全て標記タイトルで統一されていたので、敢えてこのタイトルにした。このアルバムの1曲目から12曲目まではジャスティン・キングのホームページのダウンロード販売のみで発表されていたアルバム『I-XII』と同一曲である。これはコラボレーションアルバムとして売られていたので、4人の名前を冠している。KINGはジャスティン・キング(Justin King)、WESTはドラマーのジェイムズ・ウェスト(James West)、MANRINGはベースのマイケル・マンリング(Michael Manring)、VAMOSはギターのカルロス・ヴァモス(Carlos Vamos)のことである。この他にヴァイオリンのリン・レンケン(Linh Renken)も参加している。13曲目以降はボーナストラックとしての位置づけだ。13曲目から19曲目は彼のファーストアルバム『Justin King』からのもので、20曲目は新曲のヴォーカル曲である。
 彼の曲の多くはメロディが感じられない。無いと言っても極端な言い方ではないと思う。進行はコードの流れに沿って何となく、という感じだ(何となく、という言い方は失礼かもしれないが、実際そうだ。ただしキレはある)。その点で前半(『I-XII』)と後半(ボーナストラック)は共通しているのだが、実際にはかなり毛色が異なっている。
 前半の曲名は、全て曲順にローマ数字が掲げられているだけだ。これは「先入観を持たずに聴いて欲しい」というジャスティンの意向らしい。その前半はものすごく前衛的だ。ライナーノーツでは「アコースティック・ギター進化系」と紹介されていたが、正直な話、私はちょっとした拒否反応を起こした。それまでずっとソフィー・ミルマンのジャズの世界にどっぷりと浸かっていたせいかもしれない(ソフィーの曲はヴォーカル曲で、メロディがしっかりしているから)。これは一部のギターオタクしか興味を示さないんじゃないか、とさえ思った。でも何度も繰り返し聴いているとさすがに慣れてくるのか、いいな、と思う曲も出てくるのが不思議だ。1『I』はのりのいいジャスティンらしさいっぱいの曲だ。他に3『III』、5『V』、7『VII』、9『IX』はまあまあいい。1曲おきになっているというのはたぶん偶然ではなくて、ジャスティンはアルバムを飽きさせないために1曲おきに雰囲気を変えたんだ、と勝手に思っている。そして私は偶数曲より奇数曲が好きだったということなんじゃないかと思う。
 後半はファーストアルバムから取られた曲が多いせいか、前半部よりもアコースティックギターらしさが前面に出ている。以前紹介した『Le Bleu』に通じる曲も多いと感じたが、『Le Bleu』ほどにはパーカッシブではない。曲別では、16『Square Dance』はタッピングが美しい軽快な曲だ。個人的に好きだったのはゆったりとして落ち着いた曲である18『Lullaby』である。
 でもやっぱりマニアックなアルバムだな、と思う。

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『RUNGLEE RUNGLIOT』LUPICIA

 ラングリーラングリオット。SFTGFOP1 08-DJ2。「オレンジ色に輝く水色、爽やかで野趣あふれる風味の春摘み紅茶。アイスティーでも。」

 ラングリーラングリオットはダージリンの茶園のひとつ。
 香りは確かにダージリンにものだ。味は割とすっきりとしていて、あまり特徴は感じない。好みではないけれど、飲みやすくてごくごくいけるタイプの紅茶だ。少し枯れた感じがするのは去年のファーストフラッシュで古いからなのか。
 ここで言い訳をさせてもらうと、これは今年の初売りのセット(何が入っているかわからない)で買った物だ(数セット買ってしまった)。だから当然去年のお茶になる。きっと売れ残りなのだろう。さらにその後2回ほど大人買いをしてしまった。それで家にはまだいっぱい紅茶が残っている。去年のお茶はさっさと飲み干してしまいたいのだが、もう数種類残っている。どういう言い訳なのかよくわからなくなってしまったが、とにかく今家には紅茶がありすぎて、なかなか減っていかないというわけだ。今後はこれを反省材料にして、計画を立てて購入していきたい。お茶専門店のキャンペーンなどに乗せられないようにして。

LUPICIA

2009年11月28日土曜日

『(発酵度の高い)文山包種』青蓮茶室

 台湾茶。『青蓮茶室』の店主の話によると、近年台湾茶の質が落ちてきているという。木がだめになってきたという話だ。しかし文山包種はまだいい方で、等級の上位の方はまだ管理の行き届いた良いお茶ではあるらしい。とはいえ価格が高いためなのか店に用意していないためなのか、店主は「普通の」文山包種を薦めなかった。今回飲んだお茶は「普通でない」文山包種だ。文山包種はもともと発酵度が15~20%程度の緑茶に近い青茶である。それに対してこの文山包種は発酵度が高く、茶葉の色も緑ではなく黒っぽい。味はいわゆる烏龍茶に近いが、より上品な感じがする。香ばしくて良い感じではあるが、普通の文山包種特有の何とも言えない香りはまったく姿を消している。私はその独特の香りが好きだったのだが、残念だ。これはこれでおいしいのだけれど。

青蓮茶室』札幌市北区北23条西5丁目メルローズプレイス1F(地図

『地頭力を鍛える』細谷功

 東洋経済新報社。「じあたまりょく」と読む。副題は「問題解決に活かす「フェルミ推定」」。
 「日本中に郵便ポストはいくつあるか?」、「世界中で1日に食べられるピザは何枚か?」。これらの質問に紙と鉛筆と自分の頭だけで3分以内に答えを出す。そんな途方もないと思われることを可能にしてくれるのが本書である。
 著者は頭の良さを3種類に分ける。「物知り」(知識・記憶力)、「機転が利く」(対人感性力)、「地頭がいい」(考える力)である。この本ではこのうちの地頭力にスポットを当て、これを鍛える強力なツールとしてフェルミ推定を取り上げる。(余談だが、本書では「物知り」の旗色はかなり悪い)
 地頭力とは何か。考える力である。地頭力のある人は新しい知識を次々と生み出せる。また、どんな状況にも対応できる力を持っている(わかりづらいかもしれないが、上で挙げた3軸の違いを念頭に置くと、少しは想像しやすくなると思う)。地頭力は原動力としての「知的好奇心」が無ければ始まらず、その上で守りとしての「論理思考力」、攻めとしての「直感力」を合わせた3つの力がベースとなる。そして地頭力は、「結論から考える」(仮説思考力)、「全体から考える」(フレームワーク思考力)、「単純に考える」(抽象化思考力)という3つの力から構成されるのだという(気づいた方もいらっしゃるかもしれないが、著者は「3」という数字にこだわりがある)。
 ひと頃「デジタルデバイド」という言葉が流行ったが、今の時代はこの格差も解消されてきており、これからはさらに先の「考える力」の格差による「ジアタマデバイド」の時代がやってきた、と著者は述べる。私はこれはビジネスに関わるごく一部の人達を分け隔てる壁に過ぎず、大多数の人にはあまり当てはまらない、と考えているのだが、どうだろう。まあ、それはいい。
 フェルミ推定は、冒頭で挙げたような「荒唐無稽とも思える数量について何らかの推定ロジックによって短時間で概数を求める方法」のことである。ノーベル賞物理学者であるエンリコ・フェルミがこういった問題に答えるのが得意だったために、この名前が付いたらしい。著者によると、このフェルミ推定に取り組むことで「結論から」「全体から」「単純に」考えるという地頭力を鍛えることができるのだという。多くのビジネスパーソンはこの3要素のうちのどれかが欠けている(例えば完璧主義者やセクショナリズムなど)ので、フェルミ推定に取り組むべきニーズは存在すると述べている。
 フェルミ推定だけが地頭力を鍛えるとは思えないが、なかなかおもしろい本ではある。フェルミ推定というのはそんなに難しい理論ではない。慣れてしまえば何となくでもできてしまう。つい書き忘れていたが、この本は結果よりも過程を大事にしている、ということを申し添えておきたい。
 日本中にゴルフボールが何個あるか、考えてみませんか?

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2009年11月23日月曜日

『FANTASY』LUPICIA

 ファンタジー。「香ばしいキャラメルと蜂蜜、フルーツの香りを紅茶にブレンド。さらっとした上品な甘さ。」

 甘ったるい香りがかなりきつい。さらっとして上品な、という感じではない。味も結構濃い。こういうときはミルクを入れると飲みやすくなることもあるが、今回はミルクティーにしても甘さがかなりきつい。私はちょっと苦手。

LUPICIA

2009年11月22日日曜日

『 Island Select Estate 100% Kona Coffee』UCC-Hawaii

 ハワイ島コナ地方にある「UCC-Hawaii」のコナコーヒー。「Island Select Estate」とはハワイにあるUCC直営農園の豆だけ使っているということだ。『Hula Daddy 100% Kona Coffee』と一緒に、ハワイ島に行った知人からもらった。つまりこの記事はハワイコナ特集第2弾といった趣だ。
 前回は---「100% Kona Coffee」と書いてあるから、いわゆるハワイコナなんだと思う。---と書いたが、これらは紛れもなくハワイコナである。UCCハワイのホームページにある「コナコーヒーの歴史」欄を見てわかった。詳細はホームページを参照してもらいたいが、コナコーヒーの原種は「アラビカ種ティピカ亜種」といい、一般的に「アラビカティピカコナ」又は「ハワイコナ」と呼ばれているらしい。私は今までティピカもアラビカと同じ種なんだと思っていた。大きな勘違いだ。ティピカはアラビカ種の亜種である。以前確か徳光珈琲のところでこれらをごっちゃにした記事を書いてしまっていた。お恥ずかしい(コメントとして訂正しておいた)。
 これはおいしい珈琲だ。柔らかい微かな酸味が舌を包み込む。甘い余韻が堪らない。「Hula Daddy」のものとの違いは焙煎だろうか。それとも農園の違いだろうか。いずれにせよ、どちらも十分においしい。今まで私がハワイコナに対して持っていた苦手意識は何だったのだろう。これまでは当たりが悪かっただけなのだろう。

UCCハワイのホームページ

シェーグレン症候群についての記事から

 2009年11月21日の日経PLUS1(日本経済新聞の土曜日版に折り込まれてくる)の15ページに、シェーグレン症候群についての記事(「目や口、肌の乾燥もしや病気のサイン?」)が載っていたので、気になる点だけ記しておきたい。
 まず1点目は、ドライマウスの治療に、「麦門冬湯(ばくもんどうとう)」という漢方薬が有効だということがわかってきたこと。これは特に詳しく述べる必要はないだろう。
 もう1点は、「最近ではシェーグレン症候群特有の抗体を減少させる新薬が欧米で開発されて効果を上げている」ということ。このことについては少しコメントしたい。
 シェーグレン症候群特有の抗体とは、おそらく抗Ro/SS-A抗体か抗La/SS-B抗体のことを指すのだと思われる。ところで、シェーグレン症候群はドライアイとドライマウスを主症状とする疾患である。この二つは、涙腺や唾液腺が自分のリンパ球によって破壊、あるいは麻痺させられることによって現れる症状だと考えられている(だから自己免疫疾患のひとつである)。リンパ球は、Tリンパ球、Bリンパ球、NK細胞などからなるが、ここで問題となっているリンパ球はTリンパ球であることが観察によってわかっている(Bリンパ球も少数だが存在しているので、断言するのは間違いかもしれないが)。さて、抗体を産生するのはBリンパ球である。だから「欧米で開発されて効果を上げている」新薬はBリンパ球に対して何らかの作用をするものと考えられる。とここまで書いてみて、私が間違っているかもしれないと思ってきた(私は抗体を減少させたからといって病状が良くなるとは言えないじゃないか、と書こうとしていた。それが間違っているかもしれないということだ)。さらに先を続けよう。Bリンパ球に抗体産生の指示を出すのはヘルパーTリンパ球である。ヘルパーTリンパ球はキラーTリンパ球に対して、抗原を攻撃するように指示したりもする。ということは新薬はヘルパーTリンパ球に対して何らかの作用をするということだろうか。だとすると、新薬によって涙腺や唾液腺へのリンパ球の浸潤が抑えられるという可能性も出てくる。これによってドライアイとドライマウスの症状が改善するというわけだ。
 また、次のようにも考えられる。シェーグレン症候群の症状には、上で挙げた外にも疲労や肝機能障害といった全身症状も存在する。新薬はこれらに対して効果があるのだとも考えられる。
 残念ながら新聞の記事だけからは詳しいことはわからない。今上でやってみたように想像することができるだけだ。とはいえ、病気の治療法が増えたり病気の機序がわかるということは、それだけで嬉しいことだ。今後の研究に期待したい。

2009年11月21日土曜日

『Take Love Easy』Sophie Milman

 2009年。ソフィー・ミルマン。CDをかけて、いきなりガツンと来た。すぐに薄暗いジャズの似合う喫茶店に行って、濃いめの珈琲を飲みたくなった。もし私が酒を飲めるのであれば、ワイングラスを交わしたくなったといった方が適切か。良い意味で裏切られた。ジャケットのキュートなイメージとはまったく違う野太い声がそこにはあった。人を惹きつける力強い声があった。かと言って力が入っているわけではないのだ。良い具合に力が抜けている。まだ若いらしいのに、風格すら備わっている。
 カナダ出身の彼女の本作品は、彼女にとって2作目か3作目らしい。アマゾンにはセカンドアルバムと書いてあるのだが、たぶん3作目だ。このアルバムのテーマは「love」である。それは「life」の投影でもある。でも残念ながら私は英語を聞いても意味がわからない。その前に私は彼女を知らなかった。だからこそショックも大きかったのだが。
 色々なタイプの曲が入っている。低音を印象づける曲、伸びのある高音を聴かせる曲。ポップスのカバー(ジョニ・ミッチェルの5『Be Cool』、ブルース・スプリングスティーンの10『I'm On Fire』、ポール・サイモンの12『50 Ways To Leave Your Lover』)、ボサノヴァの11『Triste』・・・。しかし、まさしくジャズアルバムなのだ。
 各々の曲に関する感想は書かない。アルバム全体を覆う雰囲気がいいのだ。何度聴いても飽きない。珈琲が無くなるのが早すぎる・・・

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『Le Montagnard des Vosges』

 モンタニャール。フランス産のウォッシュタイプのチーズ。チーズ名は、ヴォージュ地方の山の住民、ヴォージュ山脈に住む人、くらいの意味。ヴォージュ山脈の標高600mを超える山の牛から取れた牛乳を使っているから、この名が付いたものと思われる。写真の撮り方が良くないのであまりわからないかもしれないが、黄金の地肌にふんわりと綿毛を被ったような感じだ。味はウォッシュにしてはあっさりとしているものの、濃密でクリーミーだ。本当にあっさりしていて食べやすいので、今日の昼は一気に4分の1も食べてしまった(写真は食べる前のもの、つまり残り半分まで食べた)。でもウォッシュの嫌いな人はちょっとしたにおいだけでも嫌なようだから、これくらいのチーズでも「×」なんだろうと思う。パッケージが素敵で購入した。味ももちろん良いのだけれども。

2009年11月20日金曜日

コラーゲンの摂取

 「コラーゲンを食べたら、どういう経路を辿って自分の身体のコラーゲンになるのだろう。」
 もう何年も前からこんな疑問を持ち続けていた。ところが1年半前に金沢医大の医師との話の中で、もしかしたらこの疑問は愚問かもしれない、という疑念を持つことになった。彼らはこんな風に言うのだ。コラーゲンを食べるなんて馬鹿げているよな、そうしたってコラーゲンにはならないのに。えっ、と思った。一番上で挙げた質問そのものを否定しているではないか。
 彼らの言う意味はわかった。コラーゲンは蛋白質である。蛋白質はそのままでは体内に吸収されない。そこで消化液によってアミノ酸にまで分解されて、そのアミノ酸が体内に吸収される。体内に吸収されたアミノ酸は色んな蛋白質の原料になる。その蛋白質がコラーゲンである必要はない。高校で生物を学んだ人であればそこまではわかる。私の疑問は、なのにどうしてみんなコラーゲンをせっせと食べるのだろう。きっとそこには何らかのメカニズムがあるはずだ、というものだった。でもその場ではそれ以上の話にはならなかった。
 その当時の私の得た情報では、彼らの発言を覆せなかった。健康食品会社は相変わらずコラーゲン摂取のキャンペーンを張っていたが、それらの根拠というものは非常に心許なかった。コラーゲン摂取を支えているものは、お客様の声だった。分子生物学をかつて囓っていた友人に聞いても、科学的にはコラーゲンを経口摂取してもコラーゲンにはならないんだけど、コラーゲンの多い食事をした次の日はなぜか化粧のりが良かったり、お肌の調子がいいんだよね、という何とも歯切れの悪い答えが返ってくるばかりだった。そう、少なくとも科学的には証明されていないのだ。そのことを断言していたのが福岡伸一の『動的平衡』(木楽舎)だった。彼はこの中で「コラーゲン添加食品の空虚」という項目を割いて、コラーゲンを経口摂取してもコラーゲンにはならないことを説明していた。その説明は、先ほどの私の説明をちょっと詳しくした程度のものだった。私はこの説明を信じていいのか、この話にケリを付けていいのか、実はちょっと悩んでいた。友人のお肌の調子の話が嘘だとは思えなかったから。
 Wikipedia(2009/11/20現在)によると(何でもWikipediaに頼ることは慎まねばならない。しかし嘘が混じっているかもしれない、という疑問を持ちながらWikipediaの記事を調べるのはいいのではないか、と思っている)、友人の感覚を庇護する記事が京都新聞(2009/1/24)で発表されたそうだ。それは京都府立大などのグループの研究によるもので、コラーゲンを食べることで皮膚の傷の修復を助けるメカニズムが働く、というものだ。コラーゲンは、分解されるとグリシン、プロリン、ヒドロキシプロリン、アラニンなどのアミノ酸になる。コラーゲンを食べると、このうちのヒドロキシプロリンとプロリンからなるペプチドの血中濃度が、長時間にわたって増えるらしい。このペプチドが皮膚の傷を修復するのを助けるというのだ。この事実は、コラーゲンがそのままコラーゲンになる、というのとも違うし、コラーゲン摂取は意味がない、とするのとも違う。おもしろい研究結果が出てきた。この研究結果が正しいのかどうかはもうちょっと時間が経たねば評価できないだろうが、そのうちコラーゲン摂取の正当性(?)が評価される日が来る見込みが立っただけでも嬉しい。

2009年11月17日火曜日

インフルエンザウィルスについて

 自分自身の中でちょっと混乱している部分があるので、基本的なところだけ押さえておきたい(という趣旨です。この記事は)。

 インフルエンザウィルスはインフルエンザを引き起こすウィルスで、直径約100 nm(ナノメートル)の球形をしている。そしてこの球形の物体の中には8本のRNAが入っている。ここまではいい。
 今流行っている新型ウィルスは、豚インフルエンザとかA型H1N1亜型インフルエンザとかと呼ばれてるけど、これは一体どういうことなんだろう、というところで、私はたまにごっちゃになる。
 豚が付くのは豚のあいだで流行ったインフルエンザだからだ。豚は鳥インフルエンザにもヒトインフルエンザにも罹りやすいので、両者が豚の体内でうまい具合に混ざって新種となってしまったのかもしれないが、この辺の事情にはちょっと自信がない。
 A型とは何か。インフルエンザウィルスにはA型、B型、C型の3種類ある。そしてウイルス本体を作っている蛋白質の中にはM1蛋白とNP蛋白と呼ばれるものがあり、この違いらしい。普通はA型だと思っていいらしい。この3者には他にも色々と違いがあるが、私にはよくわからない(そこまでわかりたいとも思っていない)。
 亜型の話。このウィルスにはスパイクと呼ばれる突起が2種類あり、これがHとNの正体だ。HはHA蛋白質(ヘマグルチニン)で、ウィルスがヒトなどの細胞に入り込むときに、その細胞にくっつく働きをする。NはNA蛋白質(ノイラミニダーゼ)のことで、ウィルスが細胞内で増殖し細胞外に飛び出るときに、細胞とウィルスとを切り離す役割をする。HとNのあとにある数字は、HA蛋白質とNA蛋白質に付けられた番号である。今のところ、HA蛋白質は16種類、NA蛋白質は9種類知られているので、これらの数字が付けられている。ここでちょっと簡単な計算をしてみる。16(HAの種類)と9(NAの種類)の積は144である。つまり亜型だけで144種類もの違いがあることになる。そして毎年出回る季節性インフルエンザワクチンが対応しているインフルエンザの種類は3、4種類。凄い予測をしているものだと感心する。

 これで豚インフルエンザとA型H1N1亜型インフルエンザの名前の由来の謎が解けた。すっきり。

2009年11月16日月曜日

『THE MUSIC OF SIDEWAYS』Jake Shimabukuro

 2009年。今公開中の映画『サイドウェイズ』には二つのサントラが存在する。80年代の音楽を中心とした『オリジナル・サウンド・トラック』と、ジェイク・シマブクロによる本作である。それはそのまま過去と現在を表現している。などと偉そうに書いてはみたが、実は映画の方は観ていない。だから以下の感想も純粋にアルバムに対してのもの。
 どれもこれも大好きだ。そして良い曲が揃っていると思う。しかしやっぱりこれらは映画用に作られた音楽なのだ。最大の難点は1曲1曲が短いことだ。40分あまりしかないこのアルバムには、23もの曲が詰め込まれている。ああ、もうちょっと聴いていたい、というところで悲しいことに曲は終わってしまう。同じサントラでもジャック・ジョンソン(Jack Johnson)の『キュアリアス・ジョージ(Curious George)』なんかは曲としてしっかりと作り込まれていたのに残念だ。
 でもジェイクの曲はいい。ノリが良くてキャッチーな1『Airports』、4『The Search』の2曲や、40秒(!)と短いけど爽やかな13『Sideways-acoustic version』は好み。ちなみに『Sideways』は主人公のひとりである道雄のテーマとして作られたらしく、3曲目と22曲目にも別バージョンが存在する。他には静かに奏でられる17『Long Day』が良い。

 ああ、でもやっぱり短い。

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2009年11月15日日曜日

『Hula Daddy 100% Kona Coffee』Hula Daddy

 ハワイ島コナ地方にある「Hula Daddy」という会社のコナコーヒー。
 ハワイ島に行った知人からもらった。普段から珈琲・お茶好きを吹聴していると、お土産でもらったりするので嬉しい。
 「100% Kona Coffee」と書いてあるから、いわゆるハワイコナなんだと思う。でも私がこれまでハワイコナに対して持っていたイメージ、豆が大きくて酸味が強い珈琲、というのとは違う。ハワイコナには苦手意識を持っていたのだが、この珈琲なら普通に飲める。もちろん酸味はあるが、苦みも結構あってバランスがいい。私の舌が変化したのか、この珈琲がちょっと変わっているのか。実はもう1種類コナコーヒーをもらったので、それを飲んだらわかるだろう。

「Hula Daddy」のHP

「リトルの公式」待ち行列理論から

 Little's Formura。行列の人数などから、平均的な待ち時間を求める。

Wq = Lq / λ

 Wq: 平均的な待ち時間 [t]
 Lq: 平均人数、行列の人数 [人]
 λ: 到着率、単位時間に行列に加わった人数 [人/t]

 例えばラーメン屋の前で20人並んでいたとして、1分間に行列に加わる人数が5人であれば、20/5=4となり、あと4分くらい待てば店に入れることがわかる。
 ここでの人数が平均的な人数だということにだけ注意すれば、簡単な公式なので結構使える。

2009年11月14日土曜日

『動的平衡』福岡伸一

 木楽舎。Dynamic Equilibrium。副題は「生命はなぜそこに宿るのか」。著者は分子生物学者である。
 正直な話、肩すかしの連続だった。本としてのまとまりがないのだ。動的平衡という言葉は通奏低音のようにこの本の最初から最後まで鳴り響いている。しかしそれ自体に直接言及しているのは、一部を除いて最後の方に固まっている。私は動的平衡についての議論を期待してこの本を買ったのに、極端な話それは最後の方に押し込められているのだ。
 それぞれの話はおもしろい。年を取るとなぜ時間が早く過ぎるのか。コラーゲン摂取のおかしさ(この件については後にブログの単独記事として取り上げようと思う)。科学的なダイエット法の考察。ES細胞に関する話題。カニバリズム(人食いの習慣)を避ける理由、などなど。とはいえ、それらがつながらない。なぜか。あとがきを読んで、その理由がわかった。この本は『ソトコト』という環境雑誌に載せられた連載と『シグネチャー』というダイナースカード会員誌に載せられた記事を加筆、修正したものなのだ。私は編集の仕方に問題があると思うのだが、著者はこの本の題名を『動的平衡』とすることに迷いがなかったらしいので、著者の問題でもあるのだろう。
 動的平衡とは何か。本を読む前の私の理解では、方丈記の冒頭「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず。」的なもの、すなわち、温泉の浴場の水はいつも同じ水位で変化してないように見えるけど、実はどんどん入れ替わっている。生物もそれと同じように細胞を構成している分子は刻々と入れ替わっており、例えば胃とか肺ですら何ヶ月かすると(見た目は同じなのに)全く違う細胞に変わってしまう。そういうことを動的平衡という、と認識していた。著者の見解は私の認識と同じ部分もあるが、少しニュアンスが違う。私の言葉で説明するのはちょっと難しいので、(ずるをして)著者の言葉を借りる。「生命とは機械ではない。そこには、機械とはまったく違うダイナミズムがある。生命の持つ柔らかさ、可変性、そして全体としてのバランスを保つ機能-それを、私は「動的な平衡状態」と呼びたいのである。」。これだけではわかりづらいかもしれない。詳細に迫りたい方は本書に直接当たっていただきたい。
 上で述べたように、その動的平衡をベースにしながら数々の生物学のエピソードを語るやり方は成功しているとは言い難いが、それらのエピソード自体はおもしろい。『生物と無生物のあいだ』で見せた文章のうまさはここでも光っている。
 ただし気になる点が2点ほどある。まずはルネ・デカルトに対する批判。デカルト主義者(カルティジアン)たちの言質に問題があるからと言ってデカルトを責めるのはどうなんだろう。彼の機械論的な考え方があってこそ今の著者の考え方も出てくるのであって、機械論的な考えを抜きにして、著者の生命観が生まれてきたかどうかは怪しい。
 それともうひとつ。ごく最後の方では現代の分子生物学批判(と言うか実際にはそれを利用する側に対する批判)が繰り広げられる。そこではロハス(Lifestyle Of Health And Sustainability)賛歌とも言うべき論述がなされ、アフリカのクニスナ地区の最後の象の話や、豚についての「心の理論」(一般的な用語ではないが、長くなるのでここでは説明しない)の考察などもなされる。それは(読む人によっては)感動的ですらあるのだが、気になるのはそこでの感傷的な語り口だ。これは『生物と無生物のあいだ』でも感じたことだが、著者はナイーヴすぎるのではないか。そのナイーヴさがあらぬ方向に行って暴走してしまうことを私は心配している。せっかくの頭を持っているのだから、落ち着いた議論をしてもらいたい。今後も彼の著書を読む機会はあると思われるが、その議論がどのような方向に向いていくのか、注視していきたい。

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『WEDDING』LUPICIA

 ウェディング。「フラワーシャワーをイメージした、花びらいっぱいの華やかな紅茶です。」

 甘くて、しかし爽やかな花の香りのお茶。なるほどウェディングなんだなと思った。味の方はあまり特徴はないが、飲んだあとに口の奥の方で良い香りがしばらく続く。フレイバードティーとしては悪くない。

LUPICIA

2009年11月13日金曜日

『小樽クラシックブレンド』可否茶館

 札幌大通のポールタウン店にて。
 こんな名前のブレンド、前からあったかな。無かったような気がする。でもクラシックという言葉が入っているし。とか思いながら注文(本当はスペシャルティ珈琲を所望したのだが、あいにく品切れだった)。
 少し苦みはあるものの、かなり飲みやすいブレンドだ。熱いうちはほとんど酸味を感じないが、冷めてくるとちょっと酸味が出てくる。おいしいけどあまり特徴はない。いかにもブレンドとして作り出した味(ブレンドが悪いと言っているわけではない。地名や農園の名前の入った珈琲とは違い、クセがなくバランスが取れている、という意味)。
 今日はずっとノラ・ジョーンズのファーストアルバムがかかっていて、気分よく飲めた。

可否茶館HP

2009年11月10日火曜日

『Portraits』村治佳織

 ポートレイツ。2009年。彼女のアルバムは全て持っているが、今回のアルバムでは何か一皮むけたような感じがする。肩の力が抜けて好きなように弾いているのだけれど、ある一線はきちんと保っているというような、まさに論語の「七十にして心の欲する所に従えども 矩を踰えず」の境地だ。村治のアルバムはいつもはっきりとしたテーマがあるのだが、今回はアルバム『CAVATINA』に似たコンセプトなのだと思う。『CAVATINA』に入っていた『サンバースト』が今回再登場して、18『イントロダクション~サンバースト』となっているのも偶然ではあるまい。色んな人がこのヨークの曲をカバーしているが、私はやはり村治佳織バージョンが好きである。坂本龍一、クラプトン、ビートルズ、ヨークなど、現代楽曲から取られた曲がほとんどを占めるが、その中にショパンやシューマンの曲も散りばめられていて、飽きない。静かすぎず、賑やかすぎず、バランスが良い。1『戦場のメリー・クリスマス』で始まり19『イン・マイ・ライフ』で幕を閉じるなんてイキではないか。
 今挙げたものの他に好きだったのは、2『タンゴ・アン・スカイ』、3『ティアーズ・イン・ヘヴン』、4『ジョンゴ』、9『シークレット・ラヴ』辺り。『ティアーズ・イン・ヘヴン』はアレンジの良さも光り、特に良い。15『一億の祈り~映画『火垂るの墓』実写版より』のトレモロも聴きどころである。

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2009年11月9日月曜日

ドウダンツツジの紅葉

 ドウダンツツジは、春から夏にかけて小さなスズランのような花をいっぱい咲かせる、生け垣によく使われる低木である。でも私の好きなのは、この木のこうした一面ではなく、秋になると姿を現す見事な紅葉の方である。緋色と言えばいいのか猩々緋と言えばいいのかわからないが、その燃えるような赤が大好きなのだ。またこの季節がやってきた。北海道ではもう紅葉の季節も終わりに近づいているが、このドウダンツツジの赤とイチョウの黄はまだ楽しめる。

2009年11月8日日曜日

『ルオー展』北海道立近代美術館

 出光美術館所蔵ジョルジュ・ルオー展(会期:2009年10月28日~11月29日)。Georges Rouault(1871-1958)。代表作「受難(パッション)」や版画集「ミセレーレ」をはじめとする初期から晩年までの約170点の作品が展示されている。
 ステンドグラス職人の徒弟となり、かのギュスターヴ・モローの指導を受けたルオーは、印象派、キュビズム、未来派などの特定の流派に入ることなく独自の道を突き進む。太い輪郭、その中からあふれ出る光、豊かな色彩。彼を特徴づける言葉は数あれど、底流に流れるのはキリストに対する深い敬虔さだろう。彼の作品はカトリックに関するものだけではなく、道化師や娼婦、風景を描いたものも多いが、どれも宗教的である。彼の作品を観ていると、その真面目さに心が打たれる。
 1922年から手をかけ始めた「ミセレーレ」は彼の中期の記念碑的作品である。ミセレーレとは「憐れみたまえ」を意味するラテン語である。この一連の銅版画作品群はモノトーンにもかかわらず光に満ちあふれている。必ずしもキリスト教とは関係のない、上流階級の人間や社会に対する皮肉(批判といった方がよいかもしれない)を表現した作品も多いが、どれも宗教的思索に基づいたものであろう。ここで見せた精神は後の作品にも受け継がれていく。中期の油彩画ではその精神を保ったまま、新たな手法を見せる。一度描いた画面をパレットナイフで削り取ることによって、雲母のような輝きとマチエールを出現させるのだ。ここで版画とは違った種類の光の世界が現れてくる。
 後期になると、明るい部分がどんどん盛り上がってくる。1935年には友人(?)シュアレスの宗教詩「受難(パッション)」の挿絵(版画用の下絵だった)をそのまま利用した一連の油彩画を完成させる。ルオーの絵はいつの時代のものであれルオーそのものであるが、ここで描かれた油彩画が、私にとって一番馴染みのあるルオーである。キリスト受難の歴史を描いた作品群は豊かな色彩と光を併せ持ちつつも、悲哀さを感じさせる。このころのルオーが一番好きかもしれない。
 後期もさらに時代が経つと、塗り重ねられた絵の具はさらに立体感を増し、溶岩のようなマチエールを見せてくる。影の中に浮き立つ光の表現はさらに磨きがかかる。このころ描かれた風景画を見ると、フォービズムの絵画を見ているような錯覚にも襲われる。中でも1953~1956年に描かれた「聖書の風景」はとても好きな作品だ。
 ルオーほど、本物と印刷物の違いが際だつ作品はない。印刷されたルオーの絵はさほど感動を与えない。しかし本物に出会ったとき、印象は全く異なり、宗教的感動を与える。私は特定の宗教に属さないものであるが、ルオーの絵に対峙すると非常に敬虔な気持ちになる。一度は本物を見てみることを強くお勧めする。

北海道立近代美術館

2009年11月7日土曜日

『ORANGE CHOCOLAT』LUPICIA

 オランジュショコラ。「オレンジの爽やかな酸味と、ほろ苦いショコラの香りがミルクにぴったりの紅茶です。」

 茶葉はオレンジとチョコの香りでいっぱい。でもそのまま飲むと特に特徴はなかった。紅茶の味ではない。香りはそれほど強くない。
 ミルクティーがお薦めらしいのでミルクティーにもしてみた。すると不思議なことに、チョコの香りにちょっとだけオレンジの香りが立ち上がった。それは味にはあまり影響を与えていないようだったが、その味はやはり紅茶のものではなかった。でもミルクを入れるのなら悪くないなと思わせる、そんな味だ。オレンジピールにチョコレートをからめたお菓子があるくらいだから、オレンジとチョコは相性がいいのだろう。

LUPICIA

2009年11月4日水曜日

『円山オーガニック』徳光珈琲円山店

 初めて円山店で飲んでみた。意外に落ち着いて長居できたのは、前に来たときはオープンカフェだったのが、今回はガラスで囲まれていたせいかもしれない。
 さて珈琲の話。このブレンドは無農薬・有機栽培の豆だけを使っているのだそうだ。煎りはシティローストである。これはものすごくおいしい。柔らかな酸味と包み込むような甘みが実に心地よい。えぐみ、苦みはほとんど感じられない。後味がすっきりしているのに、甘い余韻はいつまでも続く。以前紹介した『チョコ深ブレンド』よりもずっと高級な味がして好みだ。私の嗜好は苦み偏向型からバランス型へと変化しつつあるのかもしれない(これまでのブログ記事を読むと、ずっと前から苦み偏向タイプではないのがバレルのだが)。

徳光珈琲のHP
『徳光珈琲円山店』札幌市中央区大通西25丁目1-2 ハートランド円山ビル1F(地図
(注意:地図がちょっと古いです。地下鉄東西線円山公園駅5番出口のすぐ隣です)

2009年11月3日火曜日

『その「エコ常識」が環境を破壊する』武田邦彦

 青春出版社(青春新書)。著者は資源材料工学の専門家。本書は『環境に優しい生活をするために「リサイクル」してはいけない』を改題し、加筆・修正・再編集したものである。
 この問題は非常にセンシティブな面を持っているので、正直な話コメントしづらいのであるが、私なりの見解を(苦し紛れではあるが)述べてみよう。
 本書は「「良いこと」はなぜ「悪の温床」になるのでしょうか?」との挑発的な文章で始まっている。そして、「アルミ缶や貴金属などほんの一部のものを除いては」リサイクルしてはいけないと締めくくる。本書の主張はほぼそれに尽きる。リサイクルしないでどうすればいいのか。焼却すればいい、と著者は主張する。焼却によってゴミは1気体、2灰、3メタル、4スラグになる。気体は二酸化炭素と水だから放っておく。灰は貴重なものを含んでいるので非鉄金属業界が有効に利用する。メタルも同様。スラグは埋め立てて国土を広げるのに使う。こんな具合である。
 そもそも何故リサイクルしてはいけないのか。リサイクルをすることによって、リサイクルしないときよりも環境を汚すからである。その根拠の詳細については本書を読んでもらいたいが、ひとつだけここで紹介しておきたい(これは正しそうだから)。例えば鉱石は様々な金属を濃縮したものだから精錬しやすいが、一度社会に出てしまって薄く広く分布してしまうと、それを回収して利用しようとしたときに大変な手間と大量なエネルギーを使うというのだ。このことはエントロピーの概念を考えると理解しやすい。槌田敦の『エントロピーとエコロジー』(ダイヤモンド社)にわかりやすい説明が載っている(槌田は資源物理学者で武田と同じような出自を持っており、『環境保護運動はどこが間違っているのか』(宝島社)という本を出している。個人的には槌田の説明の方が真っ当に聞こえる)。武田のようにほとんど全てのリサイクルについて否定しているのは行き過ぎとしても、紙やペットボトルのリサイクルについて疑問の声を上げている本は割と存在する。例えば前出の『環境保護運動はどこが間違っているのか』(宝島社)、『ほんとうの環境問題』(養老孟司、池田清彦。新潮社)、『環境と健康』(安井至。丸善)などだ。参考にして欲しい(ただし安井は武田に対して批判的である。私は武田よりも安井の考えに近い)。
 ちょっと話がずれた。これらの主張を念頭に置いた上で、次のような行為をすることを勧めている。「手元にあるものを、寿命ぎりぎりまで使い切ること」である。だから、エコポイント制度は否定する。まだ使えるものをエコ製品に買い換えることによって、製造や廃棄にかかるエネルギー、節約される電気エネルギーがどうなるかを考えると、古い製品であっても長く使い続ける方がよい結果になるという。私はこの意見に賛成である。
 他にも色々なことが書かれているが、私はこれらの全てに賛同するわけではない。読者もかなり注意深く読むべきである。受け入れられる意見とそうでないものはきちんと区別するべきだ。
 例えば著者はLCA(Life Cycle Assessment、環境評価手法のひとつ)を否定するが、その根拠は曖昧である。そして資源や材料分野では「コスト(価格)というのは物質の使用量とエネルギーの量に比例してい」るとして、コストを使って環境評価をするのである。私はこの前提はかなり怪しいものだと思っている。もしかするとこの前提を使わなくても同様の結論が導かれるかもしれないが、著者はしばしば問題のすり替えを行っているので、注意する必要がある。
 以上が私の感想も合わせてのこの本の紹介である。結局私はこの問題についてどう考えているかというと、まだはっきりとした判断が下せない、という状態である。この本でも一部触れられている地球温暖化のこともそうであるが、環境問題をビジネスとしてしか考えていない人が少なからずいるので(そしてこれらの人々の影響力は意外に大きい)、環境問題を考えるときにはかなり注意深くなる必要があるのだ。環境に優しくない環境運動は必ず存在すると思っていい。それぞれの人が真面目に考え行動することを切に望む。

以下、amazonで見てみる(現在行われている環境運動を推進する立場の本は山ほどあるので、それらの本は各自探してみて欲しい)。
その「エコ常識」が環境を破壊する (青春新書)
エントロピーとエコロジー―「生命」と「生き方」を問う科学
環境保護運動はどこが間違っているのか? (宝島社新書)
ほんとうの環境問題
環境と健康―誤解・常識・非常識 信じ込んでいませんか?

2009年11月2日月曜日

500m美術館 '09

 11月1日~30日。「さっぽろアートステージ2009」の一環としての美術展。毎年この時期になると、札幌地下鉄東西線大通駅とバスセンター前駅の間の地下通路が美術館になる。普段は本当に殺伐とした何もない地下道なのだが、この時期だけは賑やかになる。展示されているのは、札幌で活躍するアーティストの現代美術作品と、公募による市民作品である。完成度の高いものからそうでないものまで、雑多な作品で埋まる。絵画、イラスト、ポップアート、インスタレーション、映像作品・・・。
 素敵な企画だな、と思う。初めてこの通路を歩いたとき、ちょうどこの美術展をやっていたので、そのときは1年中展示されているのかと思っていた。展示期間が終わったときは本当に残念だった。でも1年のうちの1ヶ月間だけだとしても、こういう空間が生まれるということは凄いことなんじゃないか。私はこんなイキな企画を催してくれるこの街が好きである。

2009年11月1日日曜日

『Sage Derby』

 セージダービー。イギリス産のハードタイプのチーズ。緑のマーブル模様が特徴的。ベースはチェダーチーズに似ており、それにセージの味と香りが混ざった感じ。ちょっとセージの苦みを感じる。パンにも良く合い、おいしい。セージが嫌いでなければ大丈夫。

『EARL GREY』LUPICIA

 アールグレイ。「祁門紅茶ベースのオーソドックスなアールグレイ。ストレートでもミルクでも。」

 あまりクセのないアールグレイ。悪くない。以前紹介したNINA'Sのアールグレイも、これと同じくキーマンベースだと思われるが、そちらがキーマンの香りを前面に押し出していたのに対し、ルピシアのものはキーマンの味がほとんどしない。ベルガモットの香りも適度である。
 ついでに今まで飲んだアールグレイの感想をまとめてみたい。NINA'SとLUPICIAは置いておく。好みだったのは、月並みだけれどトワイニング(TWININGS)とフォートナムメイソン(FORTNUM & MASON)。これはたいていの人にお薦めできる。フォション(FAUCHON)は香りが強く、アイスティーにはぴったりだけれど、ホットだと慣れが必要。エディアール(HEDIARD)は香りや水色は良いのだけれど味があまり好きではない。ロイヤルコペンハーゲン(ROYAL COPENHAGEN)は香りが上品で良いが、茶葉に力が感じられずちょっと物足りない。
 こんなところか。

LUPICIA