2009年2月28日土曜日

『CRAVANZINA』

 クラバンジーナ。イタリア・ランゲ地方産の白カビタイプのチーズ。原料は牛乳と羊乳。
 室温に戻してから食べると、よりクリーミーで優しい口当たりを楽しめる。美味。ふくよかな香りもいい、と私は思うのだが、羊乳独特の後味が苦手な人はパスしたくなるかもしれない。食べているときは気にならないが、口の中に何もなくなってから、ラム肉の香りが口の中に広がってくる。
 牛乳を飲んでも牛肉の香りはしないのに、なぜこのチーズは羊肉の香りがするんだろう。不思議だ。

2009年2月26日木曜日

八正道

はっしょうどう。仏教用語。苦をなくすための実践法(かな?)。

1.正見(しょうけん):正しい見方
2.正思惟(しょうしゆい):正しい思考
3.正語(しょうご):正しい言葉
4.正業(しょうごう):正しい行為
5.正命(しょうみょう):正しい生活
6.正精進(しょうしょうじん):正しい努力
7.正念(しょうねん):正しい臆念(深く心に記して忘れない考え)
8.正定(しょうじょう):正しい禅定(瞑想みたいなもの)

どれひとつとして実践できていないような気がする。自分だけでなく、世の中の誰もが。だから皆苦しみが無くならないのだろう。

『アール・グレイ・ラテ』LUPICIA

 札幌市大通地下街のオーロラタウンに、ルピシアが店を出している。そこではドリンクとしてのお茶も売られており、緑茶や紅茶、ラテなどをテイクアウトできるようになっている。今回初めてテイクアウトに挑戦した。
 地下街はマフラーをして歩くには暑すぎたので、アイスの『アール・グレイ・ラテ』を試してみた。ミルクティーというとちょっと水っぽいイメージがあるが、これはそうではなかった。しっかりとした紅茶の味と香り、そしてアールグレイ特有のペルガモットの香りがした。結構美味しい。ただ、飲む場所がすぐ隣のオーロラプラザのベンチのみ、というのが惜しい。ちょっと気分が乗らないのだ。夏になれば、戸外に出て大通公園のベンチで飲む、なんてこともできて良いのかもしれない。(地図

2009年2月24日火曜日

四諦(四聖諦)

したい、ししょうたい。仏教用語。四つの真理。

1.苦諦(くたい):「苦」が存在するという真理。
2.集諦(じったい):「苦」は何らかの縁で発生したのだ、という真理。
3.滅諦(めったい):「苦」は発生した以上、「滅」するものだ、という真理。
4.道諦(どうたい):実践法(八正道)についての真理。

以上、『現代語訳 般若心経』 (ちくま新書 (615))玄侑宗久より抜粋。

2009年2月21日土曜日

『ニーチェ・セレクション』

渡邊二郎編、平凡社ライブラリー。

 この本は、ニーチェの著作等からテーマ別に色々と引っ張ってきて編み上げたアンソロジーである。大きく四つに章立てされており、1.人生と思索、2.神の死とニヒリズム、3.力への意志と超人、4.運命愛と永遠回帰、とから成る。それぞれの章はあくまでテーマ別に組み立てられており、時代順ではない。しかしながらこのやり方の方が、時代順に編まれるよりも、よりニーチェの思想を反映させられるように思われる。それが編者の狙いでもあったはずだ。ここではそのすべての章についてコメントすることはしない。以下、この本全体を読んで私が感じたことを述べたい。
 これまでの私のニーチェに関する知識といえば、高校の倫理社会で習った「神は死んだ」、「ニヒリズム」、「ツァラトゥストラ」というキーワードくらいのものである。だからニーチェの思想に触れたのは今回が初めてと言っていい。ここで私は敢えて「ニーチェの哲学」と書かずに「ニーチェの思想」と書いた。そうなのだ。私の言語観から言うと、ニーチェはどうも哲学者というよりは思想家という感じがしてしまうのだ。何故なのかはよくわからない。ニーチェは一般に哲学者ということになっているから、私の言語観がおかしいのだろう。もうひとつこの本を読んで思ったのは、まるで新約聖書のようだ、ということだ。特に『ツァラトゥストラ』からの引用についてそう感じた。神の死について論じたニーチェの著作群(抄ですね、正確には)を読んでキリスト教の新約聖書を読んでいるように感ずるとは皮肉なことである。
 全体的に、私はニーチェの思想が好きではないらしい。「1.人生と思索」の前半部は一種の箴言集のような形になっており、おもしろく読ませてもらった。。私が元々、ラ・ロシュフーコーや芥川龍之介の「侏儒の言葉」などの箴言が好きなせいなのかもしれない。ところが2章、3章と読み進めていくに連れ、何かもやもやした気分が立ちこめてきて、ああ、考えが合わないな、と感じた。その後4章を読むと、強い拒否感はやや薄れて、なるほどそういう考え方も成り立つんだな、というところで落ち着いた。
 編者によると、ニーチェの思想は「生きる勇気を与える思想」らしい。と同時に「場合によっては、あまりにも「危険」で過激な要素を孕むことも否定できない」ともある。私は後者の印象を強く持ってしまったが故に、彼の思想が好きでなくなってしまったのだ。しかしながら私がそのような印象を持ったのは、彼の思想を深く理解できたわけではなかったことも影響していると思われる。もっとニーチェの側に立ってきちんと読み進めていたなら、生きる勇気を与えられていたのかもしれない、とも思う。いずれにせよ、この本1冊を読んだだけでニーチェを理解しようと思うのは無茶な話である。ただ、ニーチェ初心者の私でも十分に楽しめたことは事実である。
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2009年2月20日金曜日

十二因縁

仏教用語。「私という存在についての因縁(因果)論による説明」(『般若心経は間違い?』アルボムッレ・スマナサーラ著、宝島社新書より。以下、すべてこの本からの抜粋。自分の言葉では説明できない・・・)

「無明があって物事を認識しようとする(行)。認識(識)が生命(名色)の眼耳鼻舌身意(六処)それぞれに生まれる。ものに触れる(触)と感覚(受)が生まれる。その感覚が、いい感覚だったら欲しくなるし、嫌な感覚だったら逃げたくなる。そうやって渇愛(愛)が生まれて、執着(取)が生まれて、さらにこの存在(有)が続いていってしまう(生)のです。それで人間の生老病死(老死)という苦しみが延々と成り立っているのです。つまり「無明→行→識→名色→六処→触→受→愛→取→有→生→老死」という十二因縁があるのです。これは「私」という存在の解読なのです。」

十二因縁は「私自身の生きる苦しみを説明したもの」との記述もある。なるほど、とは思うが腑には落ちない。私がこの説明を理解できないからだ。著者はたぶんものすごく深いことを簡単に述べている。つまり説明を端折っている。このような思想にもっとたくさん触れないと理解は進まないのだろう。高校数学で必要条件と十分条件を習って、大学に入ってしばらくしてからやっとその違いが腑に落ちる。そんなことなんだろうと思う。
『般若心経は間違い?』 (宝島社新書)

2009年2月18日水曜日

プレスコーヒー

横井珈琲お薦めの珈琲の淹れ方を試してみた。

使う器具はカフェプレス。紅茶を入れるメリオールみたいなものだが、どこがどう違うのかはわからない。豆はやや粗挽きにして、約10グラム。これをカフェプレスに入れて上からお湯を注ぐ。軽くかき混ぜて蓋をすること4分間。できた珈琲は約150cc。茶色く濁っており、表面には少し油が浮かぶ。ちなみに使った豆は先日記事にした「ホンジュラス・ジャケリン」。
飲んでびっくり。これが意外といけるのだ。渋みもあまり感じられず、苦みもしつこくない。全体的にやわらかい印象。不思議とかすかに酸味も感じる。同じ豆なのに、ペーパーで淹れたものとはまるっきり違う。横井さんは、スペシャルティ珈琲を淹れるときには特にこの方法を薦めている。豆による違いがはっきりと表れるらしい。わかる気がする。そういえば珈琲のカッピングをするときの淹れ方に近い?

最後に断っておくが、今回淹れた珈琲は、正確には横井さんの言っている豆の量とは違う。横井さんは「粉は粗挽きで量は30gくらいが目安です。」と書いている。
『工房 横井珈琲』

2009年2月17日火曜日

『Crema Caffé』

 クレマカフェ。いつもはフレンチを頼むのだが、今日は小腹が空いていたので甘味のあるアーモンド・オレにした。今時アーモンド・オレを出している店はかなり少なくなっている。だから初めて行った店にこれがあると、つい頼んでしまう。今日の場合はよく来ている店だが。
 さて、味は結構しゃれている。洋酒の香りがするので、アーモンドリキュールを使っているのだろうか?甘いシロップを使っているようには思えない。アーモンドリキュールが杏を材料にしていることはさておいて、美味しい。
『Crema Caffé』札幌市中央区南2西2-8-6,NC北専ブロックビル2F(地図

2009年2月15日日曜日

『ホンジュラス・ジャケリン』横井珈琲

2月のお値打ちコーヒー。「2005年COEで8位、2006年11位に入賞している、優秀な小規模生産者のヘナーロ・アギラールさんの畑のコーヒー。」(メールマガジンから)
味は少し苦めで酸味はほとんど感じられず、渋みが強い。渋みがある時点で、あまり好きではない。ホンジュラスはわりと好きなタイプの珈琲のはずなのだが。今年の出来はあまり良くなかったのだろうか?
工房 横井珈琲

2009年2月14日土曜日

『ウクレレ快読本』

小林正巳、日本評論社。

 著者はキヨシ小林とは別人である。私は勘違いして読み始めたが、すぐに違うことがわかる。ウクレレが日本に入り込んできた頃の昔からウクレレに携わってきた人だ。
 ウクレレの歴史、奏法などの説明、ウクレレ制作者・プレイヤーの紹介、CDの紹介など、ウクレレに関する様々なことが丁寧に詳しく書かれている。歴史についてはかなり勉強になる。中には「ウクレレ工作講座」として「愛用のウクレレを電化しよう」というのがあったりして、実に楽しめる。附属CDもとても充実していて、奏法の説明資料としてのmpegファイルや楽譜、工作キットの画像データ、調べたいコードが一発でわかるExcelファイルなど、実に盛りだくさんである。mpegファイルのひとつは「MATTのワークショップ」と題したもので、30分に亘って著者のウクレレ講座を聴く(観る?)ことができ、私もウクレレを抱えてワークショップに参加した。
 ウクレレが好きな人なら一読の価値有り。マニアックだけど初心者も十分すぎるほど楽しめる。そんな本だ。
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2009年2月12日木曜日

Erik Mongrain

エリック・モングレイン。「Air Tap!」という曲がYouTubeで流れてネット上で話題になり、有名になった。この曲は音楽自体もすばらしいけれど、ギターを膝の上に置いて両手でタッピングしながら演奏するという「ラップ・タッピング」でも視聴者の度肝を抜いたようだ。さて・・・

『Fates』1st album
7曲目に入っている「Air Tap!」は言うに及ばず、1曲目の「PercusienFa」で、のっけから聴かせてくれる。ちなみに本人曰く、ラップ・タッピングで弾いているのはこの2曲だけだそうだ。2「Fates」、5「Géométre D'une Erreur」はヘッジスっぽい。派手さこそないが、佳曲。4「Fusions」は渋い。9「Interprétations」は押尾コータローを聴いてるようだった。このアルバムは他の曲もいい。初めて聴いたときは、ちょっと若すぎるな、と思ったけれど、聴き慣れると好きになった。

『EQUILIBRIUM』2nd album
残念。という感じ。何度も聴いてみたが、どの曲もほとんど耳に残らない。心に沁み入ってこないというか・・・。メロディアスじゃないからといってその楽曲が悪いとは思わないが、ここではそれが悪いかのように感じてしまう。『Fates』ではメロディラインのはっきりしない曲でも良く感じたのに。

結局、今度モングレインがアルバムを出したとき、私はそれを買うのだろうか?悩ましいところだ。
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2009年2月9日月曜日

シェーグレンの会会報第17号

シェーグレン症候群とは、ドライアイ、ドライマウス、疲労感などを主訴とする自己免疫疾患である。膠原病類似疾患といわれることもある。国の特定疾患に認定されているものの、実際に医療補助をしている都道府県はほとんどない。

会報が届く。昨年6月21,22日に金沢で行われた総会の内容が中心となっている。総会の内容は以下の通り。ちなみに総会には私も出席した。
・特別講演「シェーグレン症候群の多彩な臨床像-患者さんから学んだこと-」金沢大学附属病院リウマチ・膠原病内科 川野充弘先生
・ミニ講演「眼病変の診断と治療~最近の話題~」金沢医科大学病院眼科 北川和子先生
・ミニ講演「歯科における口腔乾燥への対処法」金沢医科大学病院歯科口腔科 本庄美穂先生
・ためになるお話「シェーグレンと共に生きる」久藤総合病院院長 菅井進先生

この中で気になった記事を羅列する。
・患者は風邪をひきやすい
・「涙は世界で一番小さな海」坪井先生という人が使っている言葉
・2006年に新しいドライアイ診断基準が決まった。自覚症状があることが必要になったことと、ローズベンガルの代わりにリサミングリーンを使ってもよくなったことが大きな変更。
・唾液の役割。1.口の中を潤す。2.消化する。3.体の中に入ってきた有害物質を排泄する。4.口の中を中性に保つ。5.味を伝達する。6.外来細菌の侵入を阻止したり口腔内の常在菌が増えすぎないようにする抗菌作用。7.口の中の汚れを洗い流す。
・ドライアイ、ドライマウスの症状と検査所見は相関しない。

会報の中に、患者会に出席した感想を私が寄稿したものが載ったので、一部抜粋する。
「患者の会に出席することで得られる、安心感というものがある。それは何か。
 私は普段病院に通う中で、数多くの症状を医者に対して訴える。しかしながらほとんどの場合、「シェーグレンは色々な症状が出るので気にしないでおきなさい。特別な病名がつくと、その病気に酔ってしまうのでだめだ。」などと言われ、何とも言えないやりきれなさ、悲しさに見舞われる。でもこの場合、医者の言うことは本当だろうか。
 どうもそうだとは思われない。症状を気にせずにやり過ごせる人には、そうすることが一番の対処法だろうが、多くはそれができないのではないか。思うに、患者がすべきことは、症状を気にせず病気に対して他人事のようにつきあうのではなく、症状に向き合い、それに対してきちんと対処法を考え、「シェーグレンと共に」生きることではないだろうか。
 そして、まさしく患者の会というのはそのことに向き合う「場」となってくれる。そこには病気を持つ者の気持ちを理解する人たちが集い、個々の患者の訴えに耳を傾け、それを受け止めてくれる素地がある。それが始めに述べたような安心感をもたらしてくれる。私は今回の総会に出席して、そう感じた。」
シェーグレンの会HP

2009年2月8日日曜日

『宮田屋』東苗穂店

 石積み(おそらく札幌軟石)の倉庫を改造して作られた喫茶店。内部は間接照明が主体なので薄暗いが、元が倉庫だけにかなり広く、ゆったりとした空間に包まれている。札幌市内に4店舗ある宮田屋珈琲のひとつ。私が行ったことがあるのはこの東苗穂店と豊平店だけだが、こっちの方が好きである。東区にある、数少ないお気に入りの喫茶店。
 今日はマンデリンを飲みながら時間潰し。マンデリンらしい苦みはあるが、濃すぎなくて結構いける。ただ、カップの形が変で飲み口のところが凹んでいたため、飲みづらかった。そういえばこの店のカップは統一感がない気がする。経営者が色んなところで趣味で集めた、とでもいうような・・・

宮田屋』東苗穂店 札幌市東区東苗穂5条2丁目11-18(地図

2009年2月7日土曜日

『marquis』CASTELLO

 「マルキ」。デンマーク産のウォッシュタイプのチーズ。ウォッシュの割にはクセが無く食べやすい。乾燥や熟成の程度のせいもあると思うが、クリーミーさはほとんどない。においもきつくないので、ウォッシュが苦手な人でも大丈夫かもしれない。逆にこれを食べられないなら、他のウォッシュには手を出さない方がいいと思う。もう少し熟成させたらもっと美味しくなりそう。

2009年2月6日金曜日

『MINGUS COFFEE』

 ここではフレンチかアイスコーヒーを頼む。珈琲チケットで飲める飲み物が、マイルド、フレンチ、アイスの3つだけのせいでもある。マイルドはちょっと酸味が気になるのでここでは飲まない。今日はちょっと贅沢をしてケーキも頼んだ。と言ってもプラス300円。安い。食べたのは「ショコラ」。しっとりとしたチョコレートケーキに少し甘味の入った生クリームが添えられる。これが実にうまい。びっくりした。ケーキは他に「シフォン」しかないのだが、こちらも美味しいことが伺える。2時間近くを読書しながら過ごした。
 店は小さなビルの7階にあり、カウンターの他は2人席2つに4人席2つとこじんまりしている。夏になれば屋上を使ったテラス席ができるので、もう少し客が入る。いつもは大きなスピーカーからジャズがかかっていることが多いのだが、今日はカントリーとかアフリカンな音楽がかかっていた。

『MINGUS COFFEE』札幌市中央区南1条西1丁目大沢ビル7F(地図

2009年2月4日水曜日

『ソフトAブレンド』可否茶館

モカベースの飲みやすいブレンド。私は元々モカという豆は好きではないが、このブレンドはクセが無く普通に飲める。特別美味しいわけではないけれども、普段のがぶ飲み珈琲としては良い。久しぶりにこの店の豆で珈琲を淹れた。
私が珈琲を飲むようになってかれこれ20年。きっかけは可否茶館大通店のカウンターで従姉妹に勧められるまま飲んだ『ブラジル』だった。ああ、珈琲ってこんなに美味しい飲み物だったんだ、とわかったのがそのときだった。その後10年くらいはここのコーヒー豆ばかりを買っていた。豆をほとんど買わなくなってからでも、喫茶店にはたまに行っている。たっぷりの量の珈琲を美味しく出してくれるのでいい。前に店員さんが話していたのを小耳に挟んだのだが、一人分16gも使っているようだった。今も多分そうなんだろう。また読書をしに行ってみようかな。
可否茶館HP

『ふうせんかずら』


久しぶりに『ふうせんかずら』のマスターとお話をしようと思って、札幌市北区北15条西2丁目まで足を運んだ。しかしそこで眼にしたのは、「テナント募集」の張り紙だった。1年半ほど足が遠ざかっていたのが、今にして思うと悔しい。この店は主に道内作家の作った器などを展示販売していて、コーヒーやケーキも楽しめるお店だった。喫茶コーナーはカウンターだけのこぢんまりした店だったが、おしゃれで落ち着いた感じの店構えだった。自宅で使っているコーヒーカップや紅茶カップのうち数客はここの店で購入したものだ。写真にあるカップもそのひとつである。実は今回足を運んだのは、以前ここで購入した器のいくつかが作者不明だったので、それを聞き出すためでもあった。このカップも作者不明である。私のお気に入りなので、是非とも作者を知りたかった。
これでマスターとの縁も切れてしまった。またどこかでお会いできることを望んでいる。

2009年2月3日火曜日

『out of hand』Billy McLaughlin

ビリー・マクラフリン、Narada 47220。

すごくいい。何がいいかって聞かれるとうまく答えられないんだけど、とにかくおしゃれ。タッピングもこれ見よがしでなく、自然と耳に馴染む。押尾コータローさんはこの人に影響を受けて「オーロラ」という曲を作ったらしい。
難を言えば、ジャケットがださいことくらい。ジャケットを見せたくて、あえて写真を載せました。今後はCDや本について書くとき、写真は載せない方針でいます。

2009年2月2日月曜日

失ったものとまだあるもの

最近の友人とのやりとりから。

友人「そちらはお元気ですか?失ってしまったものは何でしょう?まだあるものは?」
私「失ったものは記憶です。まだあるものは生きる意志です。」
友人「失ったものは記憶って、かっこいいですね。並ではありません。まいりました。私が失ったものは無垢で、まだあるものは、それを悼む気持ちです。」
私「無垢については私はまだ失ってないような気がします。私は幼いままです。壊れやすいガラスの心臓を持ち歩いています。違うか?」

漫談のような真面目なやりとりです。